他のダム問題

2010年11月11日 (木)

川辺川上流の五木ダム計画再浮上

aquarius再浮上した五木ダム問題の現状について

S_3 上は五木ダムの完成予想図です。

五木ダムは、川辺川上流の宮園・竹の川地区を洪水から守るために、昭和43年に計画された県営の治水専用ダムです。確かに、昭和38年~昭和40年と球磨川流域は大水害に遭っており、これが発電専用ダムとして計画され頓挫しかかった川辺川ダム計画を多目的ダムとして復活させた一因にもなっています。

その後ダム事業のための調査や流量の決定法など川辺川ダムと一緒に行われ、また漁協との補償交渉も五木ダムと川辺川ダムはセットで行われてきたために、県民の間には五木ダムは川辺川ダムの副ダムであると思われてきました。

また、平成15年、平成20年の熊本県公共事業再評価委員会において、川辺川ダム計画の行方が不透明になったことを理由に、本体に関する審議を保留したために、事業が事実上凍結されたと思った県民も多いダムです(実際、凍結という言葉を使用したマスコミもいる)。

実際の再評価委員会の結論は、本体に関する議論を保留しただけで、事業そのものは継続との結論を出しています。その理由について、潮谷前知事は同年11月県議会において「五木ダムの再評価については、流域が川辺川ダムと重複するために、治水計画量を決定する際の森林保水力の評価法が、川辺川ダムを考える住民討論集会において論議中の手法と同じであることから、ダム本体については評価を保留としました」「ダム事業全体としては継続と評価しました」と述べています。

平成20年における再評価委員会においても保留となり、事実上眠っていたダム計画ですが、政権交代により、ダムの見直しが始まり、この五木ダムも対象になったために、新基準に沿った見直しが国によって求められると、蒲島知事は地元からの要望もあることも理由に、平成25年に予定されている再評価委員会を待たずに前倒しして、来年度の再評価委員会にかけることを10月14日に表明しました。3 ↑五木ダムの位置

aquarius五木ダムの諸元とその問題

五木ダムは高さ61m、堰長132mの重力コンクリート式のダムで、治水専用の穴あきダムです。以下は、五木ダムの諸言で、球磨川漁協との補償交渉との際の配布された資料にあるものです。S_2

これでみると、洪水調整用量は320万㎥、堆砂容量は30万㎥です。しかし、それ以前に市民団体が入手した五木ダムのパンフには、洪水調整容量と堆砂容量が全く違っていることが分かりました。それぞれ、220万㎥、130万㎥となっています。総貯水量は350万㎥と変わりません。この違いは単なる記載ミスでは済まされません。根拠となったデータを示して県は説明をするべきです。

その他、五木ダムは治水上からも、地質上からも問題がとても多いダムです。このことについては、また次回報告させていただきます。

===>次回に続く

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2010年11月 3日 (水)

玉淀ダム撤去問題ー荒瀬ダムに続け!

9月25日、埼玉県荒川の中流にある玉淀ダムを撤去したいという方たちから要請があって、玉淀ダムを訪れました。ここでは、2008年に「玉淀ダム撤去促進期成同盟会」が結成され、地元寄居町やその上流の長瀞町の議員さんや観光関係者、漁業者などが反対していると聞いていましたので、熊本県において蒲島知事が荒瀬ダム撤去を存続に方向転換した折には、玉淀ダムの方が先に撤去される可能性もあるとして、注目していました。

そんな現場を訪問してみました。同じダム問題を抱えていても、川と人との付き合い方や利用の仕方にはいろいろな違いがあります。玉淀ダムの現場と撤去運動に関する報告です。

club玉淀ダムと撤去問題

Photo 高さ32m、堤長102mの玉淀ダムは、電力・利水目的に1964年に建設された重力コンクリート式の県営ダムです。ダムがあるのは寄居町の荒川は殆どダム湖になっていますが、その上流にある長瀞町とその上流の秩父は自然の流れが美しい渓谷を呈し、都心が近いこともあって多くの観光客であふれかえっていました。この地域は県立長瀞玉淀自然公園にもなっていますが、観光という面からするとダムがある寄居町と長瀞町は対象的です。このダムを撤去して観光資源に生かしたいという地元の思いはもっともです。

ここの撤去運動は荒瀬ダムが地元住民から起こったのとは違い、地元出身県議や長瀞町長、両町の商工会など観光関係者の要望から起こったようでした。そのためかまだ市民運動としてまでは発展していません。

埼玉県は「まだ使える」「撤去費用がかかる(約170億円)」として現時点では後ろ向きです。撤去費用の他に、農業用水として利用しているために、撤去をすれば、別途取水口が必要になり、その費用も別途100億円かかると説明しています。

Photo_2 玉淀ダムのダム湖です。ダム湖独特の濃いt茶緑色した湖面で、とても汚いです。「荒瀬ダムも酷い時はこんなだったなあ」と・・・もう私の頭の中では過去となっている淀んだダム湖特有の色をしていました。

Photo_3 ダム直下で友釣りいる人たちがいます。右手にあるのはおとり鮎屋さんです。荒川は河口から100km程に位置するこの玉淀ダムまでダムがないために鮎が遡上してくるのだそうです(上流には3つ大きなダムがある)。ダムから上流は秩父漁協の漁場になっていますが、今年は放流事業を行わなかったために、上流では鮎釣りをする人たちの姿は見られませんでした。荒川もまた鮎釣りは盛んなようです。川沿いには球磨川以上におとり鮎屋さんが随所にありました。このダムがなければ、この付近でも本当に良い鮎が採れることでしょう。

club球磨川と荒川(中流部)の違い

球磨川はどこでも川沿いに道路があり(それも両サイド)、家が建っています。荒川は川沿いに殆ど道がなく、川を見るのは橋や鉄橋を渡る時ぐらいと限られています。球磨川流域に住む人は、どこに行くにも球磨川を見ることなしに移動することは少ないものです。川の水が濁ったり、増水したりすると、すぐダムとの関連を考えます。毎日のように、「今日の水はきれいだなあ」「いつまでも濁りが取れない」「急激に増水した。ダムが放流したな」など川の変化やダムとの関係を見ながら暮らしていいます。この川と人との距離の近さが、ダム撤去運動が高まった一因のような気がします。

長瀞町も球磨川と同じように川l下りがあります。この機会に体験してみることにしました。Photo_5

観光客の数では圧倒的に長瀞町のほうが上です。近くに首都圏を抱えていることがその差になっているのでしょう。また、護岸の自然度も長瀞が勝っていると思います。先に述べたように両岸に道路も家もない区間が多いために、自然林に覆われた岸壁や巨石・奇岩もある自然の河原は絶景で、四季折々の景観が楽しめそうです。所要時間約30分コース1500円という手軽な料金設定もリピーターを呼びそうです。

ただ、球磨川では急流下りというように、川下りのスリルを味わうという意味では、多くの早瀬を下る球磨川下りが楽しめます。長瀞のライン下りは長瀞というように長い瀞場をゆっくり下るという感じです。また、球磨川の観光のほうが鮎に依存している割合が高い印象を受けました(やっぱり球磨川の鮎が日本一!)。ラフティングは球磨川の方が盛んなように見えるのも、球磨川の急流がその楽しみを倍増させているからだと思います。

Photo_4 親鼻橋の直下にある川下りの出発点の川原です。出発前のラフティングボート、川遊びをする人、釣り人と多くの人が日暮れ前の川を楽しんでいました。向こうに見えるのは荒川橋梁ですが、球磨川同様ここもSLが走っています。

Photo_6 下り始めると、待ってましたとばかりに、岩からダイビングを披露してくれる子供たち(高校生?)。この川でも川ガキは健在なようです。

Photo_7 川下りの中間点(30分コースの到着地点)岩畳です。岩が畳が幾重にも重ねられたような岩場は、運動場ぐらいの広さがあるのですがなんと一枚岩。観光地にもなっており、多くの人が訪れていました。

Photo_8 長瀞駅前の通りはみやげ物や飲食店が立ち並び、多くの人で溢れかえる様は、私の住む八代の商店街でいうと1年に一度のお祭りの日かというぐらいの賑わいを見せていました。「これこそ観光地だ~」という感じです。寄居町や長瀞町の人がダム撤去を望む理由が良く理解できるというものです。荒川の魅力が倍になることは間違いありません。川の魅力や鮎がもたらす経済効果を考えたら、撤去費用は荒瀬ダム以上に簡単に取り戻せそうです。

club撤去運動について

9月の25日は地元の20数名の方たちに、荒瀬ダムの運動経過やゲート全開後の様子などを説明させていただきましたが、今後の玉淀ダムの撤去のための運動展開についての意見交換を行いました。運動はこれからとはいえ、リーダー的存在の方はすでに揃っている現場です。

2008年に商工会や地元議員なども参加する「玉淀ダム撤去促進期成同盟会」が結成され、寄居・長瀞両町長が反対の姿勢を見せているなど、他の撤去運動の現場と比較してとても心強いものがあります。しかし、結成されてからこれまでの撤去運動としては、県議会議員に県議会一般質問で取り上げてもらうことや要望行動程度のようです。世論喚起のための集会やイベント開催はまだ十分と言えず、多くの町民にはこの問題がまだあまり知られていません。ましてや流域住民を巻き込んだ運動展開はこれからです。

その第一弾として、11月13日にシンポジウム「玉淀ダムの環境への影響を考える」が開催されます。話題提供は、今回玉淀ダムを一緒に訪問した溝口隼平氏です。溝口氏は荒瀬ダムを始め、国内外のダム撤去の事情に詳しい人物です。荒川流域の多くの皆様に参加していただければうれしいです。

11月13日(土)秩父市歴史文化伝承館にて午後6時からです。              詳細紹介ページ:http://blogriverpolicy.net/article/167683798.html

ダム建設後甚大な被害を与えた荒瀬ダムは住民運動により、政治をも変え、2012年から撤去が開始されることなりました。しかし、荒瀬ダムに続くダム撤去の現場がなかったら、荒瀬ダムは特別なダムであるとして取り扱われ、現在のダムによる河川管理や利用の問題点になんら影響も与えることなく、これまでと同じようにダムが作り続けられていくことでしょう。

荒瀬ダムが球磨川にマイナスの影響を与えてきたのと同様、荒川においても玉淀ダムは多くのデメリットを与えてきたことが、現地を訪れてみれば容易に予想されます。そのデメリットと電力や灌漑利用というメリットを、平成26年3月31日の水利権許可期限を前にもう一度比較検討し、将来に残すべきものは何なのか考えてほしいと、長瀞や秩父の渓谷を見ながら思いました。

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2010年4月24日 (土)

決壊した板木ダムは今

板木ダムは、1937年(昭和12年)に川辺川に建設された重力式コンクリートの発電ダムです。ダムの寿命は100年以上は大丈夫と国は説明していましたが、築70年を迎えた2008年6月の大雨で決壊しました。2008072520080721 上は決壊後の7月初めと7月下旬の写真です。ダム下流の砂の様子からすると、ダム湖であった上流の堆積物は、荒瀬ダムダムと違って、ヘドロがそう堆積していたようには見えません。

もともと板木ダムは川辺川ダムが完成すると水没する予定であったダムの一つなので、発電継続の予定はないのだろうと思っていましたが、再び建設されることになり球磨川漁協も同意をしています。現在はどうなっているのか、2010年4月18日見てきました。20100418 ダムは、すっかり取り除かれており、左岸側が整地されています。上流はきれいな水が流れており、水位が下がったダム湖であったところの堆積物もすっかり少なくなっているようでした。せっかく、自然が壊してくれて、もとに戻ろうとしている川辺川です。このままにしておくわけにはいかないのだろうかと思わずにはいられません。

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2008年12月14日 (日)

佐賀県嘉瀬川ダム

嘉瀬川ダム工事の現場見学

 12日は佐賀県の嘉瀬川に建設中の嘉瀬川ダムの見学に行ってきました。Kasegawa

佐賀市内を流れる嘉瀬川は、長さ57km、流域面積368km2の小さな川です。上の写真は河口より15kmほどのところの嘉瀬川ですが、水量は少なく、ツルヨシで覆われた護岸の様子から、ダムや堰により川のかく乱がなくなった川であることが、すぐ分かります。

加勢川ダムは河口より約30kmのところに建設中の多目的ダムで、昭和48年に計画されました。

Kasegawasiryoukann 工事現場の入口には、「ダムづくり情報館」があって、ダムの役割や工事の流れを説明したパネルなどが展示してあります。

Kasegadamhonntai_2 総貯水量7100万m3(利水容量5050万m3)、高さ98m、堤長460mのダムの60m近くまで出来上がっていました。

RCD工法という水とセメントの少ない工法は九州で竜門ダムに続く2例目ということで、工期の短縮が可能だということです。フライアッシュを加えるPCD工法だと、水とセメントが少なくてすみ、コンクリの打設後、すぐにブルドーザーで平らにならすことができるそうです。本体の上空にぶら下げてあるのはライトですが、工期が長引くだけ建設費増大になるので、休日、夜を徹した突貫工事で作業しているということです。コンクリを打設した上では、乾燥しないように作業員がずっと水をかけていました。

左手が上流で、本体の中央ほどの上流側に選択取水設備が見えます。右手に見える建設途中の建物が発電所です。川の反対側には、原石山からベルトコンベヤーで運ばれてきた骨材をストックするサイロや、セメントを保管してある塔などが見えます。

Kasegennsekiyama ダムサイトより800mぐらいにある原石山の骨材採取現場です。100万tのコンクリを作るのに、これほどの面積の原石山が必要なのかと、予想以上の採掘面積に、ただ唖然です。クマタカの生息する川辺川ダムの原石山がこうならなくて本当に良かったと思わざるを得ません。

建設地点の放流量が1.3トン/秒とあまりの少なさにびっくり。下流の基準地点で2.5トンというので、海に届く水量を聞いたら、「現在ゼロなので、今より増えます」とのこと。
実際この日の嘉瀬川も水量がとても少なかったです。五木小川ぐらいの川幅にちょろちょろという感じです。上流に北山ダムという利水専用のダムがあるせいもありますが、川沿いに走るとすぐ分かるように、堰がやたら多いのが目につきます。こんな水量の少ないところで、上流に北山ダムがあり、その下にまたダムを造ることの意味は全く分からなかったのですが、満杯になるのに何日ぐらいかかるか聞いたら、「1年半ぐらいはかかると思います」とのこと。上流のダムの水をみんな流し込まないとたまりそうもありません。

昭和40年当時の社会情勢の中で計画されたこのダムが、本当に今でも必要なのかは、工事事務所の説明では理解することはできませんでしたが、水のない嘉瀬川を見て、本当に、ダムでこうやって日本中の川をダメにしてきた現実をまた目の前にして、複雑な気持ちで帰ってきました。ともかくも、球磨川流域で、こういう光景は見たくないと。

spade参照:嘉瀬川ダム工事事務所HP http://www.qsr.mlit.go.jp/kasegawa/ 

今日の天気:cloud

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