球磨川のアユの1年と放流事業
球磨川は尺鮎で知られた1級河川です。昔は本当に沢山のアユがいたようです。春になると川を真っ黒に染めて遡上してくる稚鮎の群れは今も流域の人の心の中に刻み込まれているようです。ダムが出来て、減少の一途をたどるアユを取り戻したいという強い思いも、川辺川ダム反対・荒瀬ダム撤去行動の大きな原動力でした。
今は、球磨川漁協の手による掬い上げ・放流・孵化事業等によって、天然アユは何とか守られています。今年の実績は天然遡上が約129万尾、人工孵化事業等合わせて合計約248万尾です。その事業についての紹介です。
①球磨川の河口から約5kmのところにある球磨川堰です。冬季を八代海で過ごした稚鮎は春3月頃に遡上してきます。この球磨川の魚道を登ってきたところを捕獲して、放流しています。
②魚道を登ってきた鮎は、左にあるプールに誘導されます。掬い上げ事業は3月の中旬頃から5月の中旬頃まで行われます。この頃のアユの大きさは、一番子で8cm前後、大きいのは9~10cm程、二番子、三番子と小さくなり、3~5cm程です。この一番子が尺鮎まで育つといいます。
④バケツリレーで、待機しているトラックの水槽に移します。このトラックで、流域の30数カ所の放流場所に運びます。迅速に放流する必要があるので、鮎に最大の配慮もしながら、トラックのスピードはかなり早いようです。
⑤トラックからホースで川に放流します。時には、地元の子供達対象にした放流体験イベントなども実施しています。
⑥6月の解禁を過ぎると、あちこちで鮎掛をする人たちの姿を見ることができます。また、全国からも尺鮎狙って多くの太公望が集まります。
⑦7月初旬頃のアユです。大きいものはすでに20cm程に成長しています。
⑧海から遡上してくるだけの鮎では足りないので、人工孵化作業も行なっています。秋になると、木枠の箱(写真)にシュロの葉を引いて、その上で受精させた卵が発眼するのを待ちます。
⑨2週間ぐらいで発眼しますので、その前に、河口の球磨川堰に移動させ、そこで孵化を待ちます。付加した仔魚は魚道を下って、不知火海にたどり着きます。生まれたばかりの仔魚は遊泳能力はないために川の流れ任せです。
⑩落鮎時の婚姻色が出たアユでサビアユと呼ばれます(上メス、下オス)。22~23cmから27~28cmという大きさに成長します。30cmを超えるアユの体型は、サバに近い感じです。産卵を終えると、一年という短いアユの一生は終わりになります。
⑪産卵の季節は、落鮎漁の時期でもあるため、下流では投網や刺し網をする漁師さんの姿を見ることができます。八代の投網漁師の中でも、海でも投網をしている千反の漁師さんの投げ方は、舟の上から5~6mの海の底で開くように投げるという投げ方で、とても豪快です。
漁協の努力にも関わらず年々鮎は今も減り続けています。荒瀬ダムの撤去で瀬や淵が再生され漁場は増えるかもしれませんが10km上流にある瀬戸石ダムにより鮎は遡上できず、また鮎が産卵のため下降できないという現状は変わりません。球磨川漁協は平成26年の瀬戸石ダム水利権の期限が切れるため、水利権の更新に反対を表明しています。
荒瀬ダム撤去を実現した流域住民からも、瀬戸石ダム撤去を求める声がでるのは当然の成り行きだと思います。住民にとって荒瀬ダム撤去は目的ではなく、球磨川再生の第一歩なのです。
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