不知火海

2011年10月10日 (月)

球磨川河口干潟のハクセンシオマネキ 勢力拡大

cancer南川河口の干潟変化

球磨川河口の干潟といっても、球磨川が球磨川、前川、南川と分流して不知火海に注いでいるために、とても広い範囲に干潟が及んでいます。10月9日は南川の干潟に行ってみました。この前、ちょっとみたらハクセンシオマネキの生息域やヨシ原の拡大、また砂利が増えるなど干潟の形状が変わっていましたので、きちんと確認するためです。

Photo

写真は干潟の一部分です。およそ、人が長靴で入れる部分の半分程度です。半年程前と大きく変わっていました。

・干潟の奥に見える白い部分は、以前はコメツキガニが優先していましたが、今は砂利層になっていて、厚みもかなりあります。

・その下の黒っぽい部分は、ヤマトオサガニの生息域でしたが、今は半分ぐらいをコメツキガニが占めています。

その他にも

・以前、シオマネキが生息していた泥干潟の部分の半分はヨシ原が侵入し、残りの半分は殆どハクセンシオマネキが優先し、シオマネキの数が格段に減った。

・護岸近くの泥っぽいところは、フトヘナタリが優先していたが、3分の2近くがコメツキガニの生息域に変わっている。

ここは、10年近く毎年見ているところです。ここ1年の変化は劇的で、荒瀬ダムゲート全開以外の理由は考えられません。

P1030907 ↑遠くてはっきりしませんが、オオセグロカモメでしょうか?干潟では大きな群れが休憩中でした。

P1030840vs P1030841vs

↑体格が全く違うにも関わらず、シオマネキ(左)に果敢に挑むハクセンシオマネキ(右)。間合いを測るように距離をおき、ハサミを素早く出す・・その様子はフェンシングの試合のようです。

干潟のあちこちでハクセンシオマネキとシオマネキの生息場所が重なっているところが見られます。以前は住み分けがはっきりしていました。結構あちこちで、縄張りをめぐるぶつかりが見られました。しかし、体の大きさでは勝っているシオマネキですが、自然の変化は現時点では、ハクセンシオマネキにとって有利です。

P1030913 ↑おびただしい数のハクセンシオマネキ。数万単位で生息していると思いますが、一度きちんとカウントしてみたいと思います。

P1030958↑広がるヨシ原。マングローブ(右)の付近から先は泥干潟でした。左手の植物はハマサジです。

P1030792

←ハマサジの花。海岸に特有の植物です。マングローブは、生き物の生息環境創出のためと称して、過去人の手で植えられたものです。日本の生態系を無視したこういう手法は考えものです。

P1030888←以前はフトヘナタリ、ヤマトオサガニが優先していましたが、ここもハクセンシオマネキに乗っ取られてしまいました。P1030799 (↑フトヘナタリの顔)

P1030898 ↑以前はヤマトオサガニやコメツキガニの生息域であった泥質や砂質の部分に、出現した砂利の堆積で、かなりな広さがあります。ヨシも侵入し始めています。

P1030742 P1030998

↑しかし、まだトビハゼ(左)もムツゴロウ(右)も健在です。

自然に形成される干潟には、泥っぽい部分から砂泥質、砂質、砂利など多様な環境が混在するものと思われますので、ムツゴロウやヤマトオサガニの生息環境がなくなるとは思えませんので、健全な形に移行していくものとは思っています。事実、この地区のムツゴロウはダム建設前も確認できていたところで、その後消失し、10年ほど前からまた確認できるようになっていたところです。

しかし、荒瀬ダムの撤去が干潟にどのような変化をもたらすのか、今後も注意深く観察していきたいと思っています。

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2011年9月26日 (月)

球磨川の干潟一面覆う泥

cancer一気に増えたシルト状の堆積物

9月25日、球磨川の堆積物の調査を行いました。平成22年4月のゲート全開以来7回目の調査です。調査に出向く度に歩きやすくなる干潟に、私たちの期待度は高まります。コンクリートの護岸を降りて調査ポイントに向かいます。今までなら、行く度に調査スタッフが開口一番口を揃えていうのは、「わあ、歩きやすくなっている」です。しかし、今回は全く様子が違います。過去、歩きやすかった澪筋周辺まで足元が抜かり、歩きにくいことこの上ありません。また、今日の泥は川の流れに近い位置で採取したもの程臭いがきつく、ヘドロの臭いがしました。まるで、去年荒瀬ダムの全開直後の干潟の臭いです。

場所によっても厚さは違いますが、干潟全体は粘土のように粘着性のある泥で覆われています。ハマるとなかなか足が抜けません。それでも何とか目的地へ到着し、サンプル採取を行いましたが、いつもと同じ距離約3kmぐらい歩きまわったらだけなのに、疲労困憊です。

今日の状況を良く観察すると、これまで形成された干潟表面の上に、泥の層が最近多い被さったという感じです。1週間ほど前に降り続いた雨により、球磨川から多くのシルト上の泥が運ばれ、干潟を覆ったと考えるのが一番自然です。確実性はないのですが、やはり瀬戸石ダムの放流を否定することはできません。

ただ、大雨後に調査をしたことはこれまでありませんでしたので、今後継続することで、いろんなデータを重ねていく必要性を改めて感じた調査となりました。

P1020926s どこも、シルト上の泥がかぶっているのは、表面だけです。掘ると砂地が出てきます。歩いた跡からも、その様子を伺うことができます。

干潟表面の生き物の数もとても少なかったです。ただ、これは、この体積した泥のせいもあるかもしれませんが、今年もアナジャコやハマグリ採りに来る人達によりかなり撹乱されているのも大きな原因があると思います。

P1020909s GPS測定器で、調査ポイントを確認しながら、採泥地点を探します。今日は新しい測定器導入で、みんなで交代しながら操作の仕方を覚えつつの作業となりました。

PhotoPhoto_2  泥の上のケフサイソガニです。これまでケフサイソガニとされていたものが、実はケフサイソガニとタカノケフサイソガニの二種いることが最近わかりました。表からではどちらか分かりにくいので腹側を見てみました。斑点の様子などから判断すると、ケフサイソガニと分かりました。

オサガニやヤマトオサガニは、人が近づくとササッと巣穴に逃げ込みますが、ケフサイソガニなどは、じっとして動かないことが多いようです。

P1020934s 干潟を覆っている泥の部分を持ち帰り、篩に欠けてみました。大変粒子は細かいのに、目の荒い古いを利用しても、一向にふるい分けすることができません。かなり、べっとりとした感じがあり、篩の目を詰まらせてしまうようです。

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2010年11月22日 (月)

球磨川河口干潟をラムサール条約登録地に

cancer球磨川河口の干潟について

球磨川の河口には、約1000haの干潟が広がっています。干潟ではアサリやハマグリ漁が行われていますが、渡り鳥の休憩・餌採場所としてシギ・チドリネットワークに参加承認されています。渡り鳥が利用できるというは、いうまでもなく餌となるカニやゴカイ等が豊富に生息しているからに他ありません。

今年の8月に開催されたラムサール登録候補地検討委員会において、全国172か所の湿地が潜在候補地となっています。球磨川河口も基準2(国際的に絶滅のおそれのある種又は消失の危機に瀕している生物群集を支える上で重要だと考えられる湿地)において、クロツラヘラサギとズグロカモメが該当しているとして潜在候補地となっていましたが、最終的には鳥の基準1%を決められた年数確認がされていないとして、候補地から現在外れてしまいました。

しかし、河口干潟をここ数年調査している和田太一氏(NPO法人南種港ウェットランドグリープ理事)により、現在球磨川河口には290種の底生生物生物が確認され、そのうちの約36%104種が絶滅危惧種としてレッドリスト等に記載されていることが分かりました。

八代市民にもあまり知られていない、球磨川河口の貴重な自然。情報発信の必要性を強く感じています。

cancer球磨川河口の干潟

Photo_2球磨川河口の干潟です。球磨川は八代市において、球磨川本流と前川に分流し、球磨川本流はさらに南川と球磨川に分かれていますが、それぞれの河口に干潟が形成されています。大潮時には干満差3~4m、最大3~4km沖にまで広大な干潟が広がります。Photo

cancer多種な湿地のタイプがある河口干潟

Photo_9 Photo_10 Photo_11 干潟には河口干潟や前浜干潟、またヨシ原がある塩性湿地、汽水域と様々なタイプの湿地がありますが、これらがすべて揃っているのが球磨川河口干潟です。そのことが、290種という多種多様な生物種の生息を可能にしているのです。

cancer確認された球磨川河口干潟の生物種

Photo_5 多くの生物がこれまで確認されています。そのうち巻貝は55%、二枚貝50%、カニは20%が絶滅危惧種と、多くの生き物が絶滅の危機に瀕しています。

cancer満たしている登録の基準

ラムサール条約に登録されるためには、国際的に重要な湿地であると指定されるための9つの基準のどれかを満たしている必要があります。球磨川河口は、クロツラヘラサギとスグロカモメがこのうちの基準2((国際的に絶滅のおそれのある種又は消失の危機に瀕している生物群集を支える上で重要だと考えられる湿地)に当てはまるとされましたが、全世界の生息数の1%が飛来が、5年のうち3年以上という基準をまだ満たしていません。

しかし、底生生物においては、十分にこの9つの基準のうちの3つをクリアしていると和田氏は指摘されています。

cancerベントスにおいてクリアの可能性がある3つの基準

one基準1:各生物地理区内で代表的、希少又は固有な湿地タイプ(干潟の規模・自然度の高い汽水域など)

two基準3:ア各生物地理区の生物多様性を維持するのに重要と考えられる湿地(種の多様性や希少種の生息)

three基準8:魚介類(甲殻類、軟体類を含む)の重要なえさ場であり、産卵場、稚魚の生息地など)

これらの基準について、現在172ある候補地の中の他の候補地と比べてどうなのかが問われていくものと思われますが、国際基準を満たしておれば、必ず登録されるというものではありません。

cancer登録の条件

登録には国際基準を満たしていることの他に、自然保護法とか鳥獣保護法などにより保護区に指定され、将来にわたって自然環境の補選が約束されているかどうかという2つ目の条件があります。球磨川河口干潟が登録されるためには、まずこの保護区に指定されることが必要です。まず、この保護区の指定のための行動が必要です。

3つ目の条件としては、地元自治体の登録への賛意が必要ですが、これに関しては、八代市長が先の9月議会において、「登録に向けて積極的に行動する」旨の答弁をしています。八代市を後押しできる世論形成が市民には求められていくことになります。

Photo_2 また、ラムサール条約地は全国で37か所ですが、現在九州には2か所しかなく、熊本県内には一か所もありません。現在県内7か所が潜在候補地になっています。熊本県もラムサール登録に向けた積極的な取り組みをしてほしいものです。

cancer登録のメリット

ラムサール登録の地元へのメリットとしては、以下のようなことが考えられます。Photo_6

全国初のダム撤去となる荒瀬ダム撤去と合わせ、ラムサール登録を目指すことで、八代市の知名度がアップすることは間違いありません。また、荒瀬ダム撤去により、更に干潟の環境が改善され、絶滅の危機とされている多くの生き物の生息数が改善されれば、更にラムサールの登録の可能性は高まりますが、仮に登録されなくても、豊かな干潟が将来にわたって保全されることに繋がるものと思われます。

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2010年10月28日 (木)

荒瀬ダムゲート全開後の八代海のうれしい変化

fishゲート全開だけで、変わりつつある八代海

平成14年に撤去が決定し、その準備のため平成15年から冬期2ヶ月間だげゲートが全開されるようになりました。また、今年の3月で水利権が切れたため4月からはずっとゲートが全開されています。なので、4月からのゲート全開でいきなり球磨川河口の干潟が変わったというわけではありませんが、干潟は確実に変化しつつあります。

この数年で変わってきた球磨川河口や八代海の変化をまとめてみました。

one行く度に確実に歩きやすくなり、歩ける範囲が広がってきた。

以前は、護岸に一番近いところがヌカっていて、干潟に入るのが困難でした。入れたにしても歩くのも困難で一歩一歩確認しながら歩いていました。膝までいきなり入ってしまうということは普通でした。ここ数年のゲート全開で干潟に入れるようにはなっていましたが、まだ動ける範囲は限られていました。4月以降は行くたびに歩きやすくなっています。砂が増えているのが実感できます。Photo

twoある程度の砂がないと生息できない生き物が増えてきた。

Photo_5 干潟はいろんな生き物が住み分けをして生息していますが、これまでの球磨川河口は泥干潟が殆どだったので、多様性に乏しい干潟となっていました。しかし、今はある程度の砂がないと生息できない絶滅危惧種ハマグリやオサガニが大変増えています。

four少なくなっていたマテガイやタイラギも増えてきた。

Photo_2絶滅まではしてないものの、激減していたマテガイやタイラギは大変数が増えてきました。マテガイが店頭に並ぶのは、見た事ありませんでしたが、去年ぐらいから店頭にも並んでいます。

four河口干潟では絶滅したと思われていた種が確認されるようになった。

Photo_3 Photo_4 「昔一番沢山いたもので、全く見なくなったものは」と地元の人に聞くと、全員が口をそろえていうのがウノカイ(オオノガイ)です。一昨年ぐらいからチラホラですが確認されるようになりました。また、今年は行くたびに、何十年も確認がなかったミドリシャミセンガイも確認されるようになりました。

five大水後の濁りが早く取れるようになった。

以前は大雨が降って荒瀬ダムから放流された濁水が元に戻るのに何日もかかっていましたが、今は数日で元に戻ります。また、荒瀬ダムから放流された濁水は対岸の天草まで広がって届いていましたが、今年は、その濁水が天草まで来たことがないと対岸の漁師さんは言っていました。

six赤潮や青潮、白潮が起こらなくなった。

数年前までは、夏場に荒瀬ダムが放流して濁水が八代海を覆うとそこから赤潮が発生して広がっていました。ここ数年球磨川の淡水の影響を受ける範囲での赤潮は発生しなくなりました。また、夏場、富栄養化した水が流れることで河口にアオコガ発生することがしばしばありました(青潮)。しかし、ここ数年だんだん無くなり、今では全く見なくなりました。

また、夏場など局所的に海の底が見えるぐらい透明になるが、定置網で捕獲した魚などみんな死んでしまうという現象(漁師さんは白潮と呼んでいた)が度々起こるようになっていましたが、これも全く見なくなりました。

sevenアオノリの品質がとても良くなった。

河口では海の漁師さんがアオノリの養殖を、河口近くの球磨川では内水面漁協の漁師さんがアオノリ採取をしています。ゲートが開放されるようになって、養殖のアオノリが色落ちすることがなくなりました。また、長さも大変長く成長するようになり、苦味のない香りが高いアオノリが採取できるようになっています。ただ、アオノリは水温に左右されるため、年によって漁獲量が大変左右されますので、量的な比較はできません。Photo_6

eightアマモ場が増えつつあり、ウナギが増えた。

昔の球磨川河口の干潟はどこまでも歩いていける砂干潟の先はアマモ場がありましたが、ダム建設後すっかりなくなり何箇所かにスポット的に生育している程度になっていました。しかし、ここ数年で増え始め面的な広がりを見せています。

それに従って、ウナギがアマモ根っこに休憩しに戻ってくるようになりました。今年はタカンポ(ウナギを捕る漁具)漁をする漁師さんも7~8人出てきました。天然のウナギはキロ6000円という高値で取引きされるそうです。来年はもっと増えるだろうと楽しみにされています。

nineチリメンジャコが早くから採れるようになった。

八代海のチリメンジャコは昔は10月ぐらいから捕れていたのが、ダムが出来てから、チリメンジャコが捕れる時期がだんだん晩くなり11月中ごろからしか採れなくなっていました。しかし、今年は10月の始めから捕れているそうです。「ここ数年のゲート全開は12月ごろだったので、影響が分からなかったが、今年は4月から全開されているので、ゲート全開の効果が出たのだと思う」とチリメンジャコの漁師さんは言っています。

fishゲート全開の経済的効果は確かに出ている

まだ、八代海の漁獲量というデータとして、経済効果を示すものはありません。チリメンジャコの漁期が長くなった。アオノリの質が良くなった。ウナギ漁が出来るようになった。干潟でアナジャコやマテガイ、ハマグリを採捕し市場に出す人が出てきた・・など、ゲート全開は確実に八代海を再生しつつあり、経済効果も徐々に出てきていることを示しています。

熊本県がダム撤去の影響は海まで及ばないと結論付けて、干潟や八代海の調査をしようとしないのはとても解せないものです。今までのダム建設で影響=悪影響という概念があるのかもしれませんが、日本初のダム撤去の現場としてきちんと調査をして全国に情報発信してほしいものです。

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2010年8月24日 (火)

不知火海の恵みが並ぶ蛇籠の朝市

fish地元ならではの朝市

毎週日曜日に開かれている蛇籠の朝市に出かけてみました。不知火海の採れたての魚介類が並びます。面白いのは、お客さんが集まる時刻6時前に行っても、農家の方が野菜を売っている以外、何も並んでいません。

人だけがやたら一杯になる6時ごろになると、トラックが三々五々広場に集まってきて、開いたスペースに駐車をします。各トラックの周りや、前もって設置してあった販売台の周りにはあっと言う間に人垣ができ、めいめいお目当ての魚介類を買っていきます。販売しているのは殆どが地元の漁師さんです。とても安い!中には、箱ごと買っていく人もいます。

6時に始まって、あっという間に完売、22日の朝は終わった時は6時18分でした。終了間際になり、商品が残りそうだと、更に安くたたき売ってしまいます。この駆け引きも、朝市の魅力です。漁師さんの気分でおまけがあったり、なじみの客には更に安くなったりと・・・地元ならではの市場風景が展開されます。今の季節では、チヌ(クロダイ)、タコ、サザエ、キス、ガザミ、セイゴなどが並びます。

Photo 蛇籠港です。球磨川は河口近くで二つに分かれますが、その分かれた前川の河口近くにあります。昔はこちらが本流で、蛇籠港は以前は古くから漁港や商業港として賑わってきたところです。

Photo_2 広場には次々に車や人々が集まってきますが、この時点では農産物以外は何も搬入されていません。

Photo_3 農産物の販売は朝5時30分ぐらいには始まっています。スイカ、メロン、ブドウ、キューリ、ゴーヤなど季節の野菜や果物が箱ごと地面に置かれていきます。メロン1個250円、キュウリハは6本ぐらい入って100円、巨峰一箱500円、ゴーヤ2本で100円、ナシ4個で100円と、どれも安いです。1週間分の野菜を調達しました。

Photo_4捕れたての魚を搬入してきた舟です。準備段階ですが、周りには人が集まり、すでに品定めが始まっています。

Photo_5 6時になり、広場の空いたところに漁師さんのトラックが次々に駐車すると、あっという間に人が集まります。市の開始です。

Photo_6 Photo_7 (↑田畑清霧氏撮影)トラックから魚介類が入ったトロ箱や籠をおろして、販売する漁師さんもいます。また、あらかじめ設置されていた販売台を利用したりと、どこも人でいっぱいです。

Photo_8 新鮮なチヌ。まだ、ピチピチと跳ねていました。2キロぐらいの大きいのから手のひらサイズと大きさもまちまちです。

Photo_9 荷台は殆どカラになってしまいました。この大きさのタコを1匹500円でゲットしました。

Photo_10 もう殆どのトラックが引き上げ、人もすっかりいなくなりましたが、この売り場のチヌが3匹残っているというので、3匹500円で交渉を始めました。傍にいる人が、「私は2匹700円で買ったのに、それはずるい」と横から口を挟みます。そうすると、傍にいた人が、「それなら600円で買う」と。「すでに購入しているので、いらない」と言うと、600円で買うと言った人に、「もう、ただで持ってけ」と。漁夫の利を得たのはおなじみさんでした。

日曜早朝の約30分足らずの朝市は、地元に生きる人々の生き生きとした生活を垣間見ることができ、楽しいものです。また、旬のものが新鮮なまま手に入り、早起きは3文以上の得があり、やみつきになりそうです。

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2010年8月16日 (月)

確かに変わりつつある球磨川河口干潟

cancer球磨川河口の干潟の変化は、荒瀬ダムゲート開放の影響か?

球磨川河口には広大な干潟が広がります。有明海ほどではありませんが、大潮の時には干満差3~4mがあり、沖合に3~4kmの干潟が出現します。10年ほど前は、その広い干潟を歩くことはできませんでした。膝ぐらいまで入るほどにぬかるんで、護岸から干潟に入ることは困難でした。P1050404

cancer干潟を楽しむ人が増えてきた

それが変わってきたのは、平成14年に荒瀬ダム撤去が決定し、冬季試験的にゲートを全開し出してからです。2~3年もすると、護岸から干潟に入ることができるようになりました。年々確かに砂が増え、歩きやすくなってくると共に、干潟でアナジャコ採りをする人が増えてきました。今では、休日問わず、多くの人がアナジャコ採りを楽しんでいます。Photo

Photo_2 アナジャコ採りは、ここでは二つの方法があります。一つは、アナジャコの穴に筆を入れて採る方法です。筆を侵入者と思い、追い出しに上がってきたところを捕まえる方法です。もう一つは、洗濯バサミにおとりのアナジャコをはさみ、穴に入れます。やはり、敵と思って上がってきたところを捕まえるものです。簡単なように見えますが、とても難しいです。しかし、慣れた人は、あれよあれよと言う間に、持ってきた入れ物一杯にしてしまいます。

cancer増えてきた生き物たち

行く度に、干潟は確実に歩きやすくなっています。砂が増えているのは間違いありません。それと共に、ある程度の砂がないと生きていけない生き物の数が増えています。また、ここ数十年漁師さんも見たことがないという生き物が、増えています。

Photo_4 数年前まで、球磨川河口でも絶滅が心配されていました。しかし、現在ではかなり増えています。一昨年は、アサリと同じぐらい店頭にも並んでいました。球磨川のハマグリは、色が黒く、つやがあるのが特徴です。時には手のひらサイズもありますが、昔は当たり前のサイズだったようです。

Photo_5 漁師さんも、ここ数十年は河口では目撃していないというシャミセンガイがかなり確認されるようになっています。

Photo_6 「昔、一番沢山いた貝で、今は全くみなくなった貝は何ですか」と尋ねると、市民も漁師さんも「ウノカイ」「ウノキャイ」という答えが返ってきます。そのウノカイの学名が分からず、図鑑を持っていろんな人に確認したら、オオノガイであることが分かりました。その「オオノガイを食べたい」というのも、私の活動の動機だったのですが、3年前からオオノガイ情報がチラホラ入ってきて、漁師さんが一つ持ってきてくれました。早速、お吸い物にして頂きました。海沿いに住む人は、「ナベを火にかけて、採りに行くと、湯が沸くまでには十分採れた」というオオノガイです。今後、どんどん増えていってほしいものです。

Photo_7 餌を巣穴に運ぼうとしているオサガニです。熊本県でも絶滅危惧種に指定されています。このあたりの干潟には、泥の多いところに生息するヤマトオサガニが優選種でしたが、このところ砂地を好むオサガニが確実に増えています。

cancer人が入ることで心配も・・・

去年まではアナジャコ採りができる範囲は、まだ狭く限られていました。しかし、今年に入り格段にその範囲が広がっています。そのために、干潟中アナジャコ採りのために掘った穴で、干潟はデコボコです。掘るときに、他の生き物の巣穴もみんな壊されてしまいます。このことが、干潟の生き物の生息環境に大きな影響を与えている可能性があります。干潟にはシオフキの死骸がごろごろしていますが、殻が弱いために、アナジャコ掘りで少しでも傷つけられると死んでしまうためです。また、本当は干潟表面に出てこないワラスボが表面で泳いでいたりするのも、アナジャコ採りの影響ではないかと心配です。Photo_8

P1060372 オサガニに集るアラムシロガイです、弱った生き物を感知すると、あっという間に集まってきます。最初触られると、みるみる弱っていきます。干潟の食物連鎖ですが、アナジャコ採りの際に、やはり傷つけられるのか、こういう光景が多く見られます。

昔は、採っても採っても、採りつくせないほどの生き物がいた干潟を知っているのが地元の人です。その時の感覚が残っているのかもしれません。荒瀬ダムが撤去されて、そういう干潟が戻ってくるのかもしれませんが、その時までは、やっと増え始めた干潟の生き物と人々の楽しみが共存できる方法についても考える必要があるように思います。

しかし、荒瀬ダムの撤去が干潟にどのような影響を与えるのかは心配より楽しみの方が多いことに間違いありません。私たちも仲間と干潟の調査を開始したばかりです。

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2010年4月25日 (日)

八代市民の台所、八代魚市場

fish市場の閉鎖を乗り越えて

八代市民の台所として、八代海の魚介類を一手に引き受けてきた八代魚市場が倒産したのは、2年前の2月のことでした。八代海の魚介類を扱う市場の倒産は、鮮魚商だけでなく、八代市民にとってもショッキングなニュースでした。すぐ傍に、八代海という漁場があるのに、15万都市である八代市から、魚市場が消えたというのですから、「八代海の漁業はそこまで疲弊したのか」と誰もが思ったようです。

しかし、魚市場の倒産は売り上げの減少ではなく、市場の所有者が全国でもめずらしい建設業者による経営であったため、建設業の不振のため、市場も手放さなくてはならなくなったという事情があったようです。翌日から困り果てた漁業者と小売業の人たちは、すぐ動きました。とにかく、セリが行えるよう、魚市場が他人の手に渡るまでは使用させてくれるようお願いして、倒産の翌日から、自分たちで競りを継続させたのです。そして、その間に、次の魚市場の建設と経営のため、走り回る日となりました。

その結果、翌年3月2日、八代漁協と鏡漁協、八代鮮魚商協同組合の共同で、八代共同魚市場を再開させることができました。広さは事務所も入れて、約150坪です。

そんな魚市場の現在の状況が気になり、4月17日早起きして、見学させていただきました。

Photo

Photo_7 朝6時過ぎ、八代海の漁業者が捕り立ての魚介類を次から次にトラックで運びいれます。

タイラギ、コノシロ、アナジャコ、アサリ、ハマグリ、ヒラメ、アナゴ、ヒラ、イサキ、ボラ、スズキ、タチウオ、サヨリ、コウイカ、マテガイ、テナガダコ、ワタリガニ、ガラガブ、チリメンジャコなどが、ところ狭しと並びます。養殖ものはブリ、タイ、エビなど、全体からみれば少数です。数の少ないところで、ゴチ、クツゾコ、アカガイがありました。最近はタイラギが増え、今年はアサリが少ないと聞いていましたが、今日の市場でも、そのことが伺えます

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Photo_5 いよいよセリの開始です、聞きとれないセリ人の掛け声で、次々に競り落とされていきます。この日(4月17日土曜日)買い付けにきていたのは、41名。思ったより少ないのですが、最近は小売店が減ったため、大手のスーパーや、鮮魚店が多いとのことですが、仲買人はいないそうです。7時ごろに始まったセリは、漁業者ごとに並べられたスペースをセリ人が移動しながら行われていきます。Photo_6 この日は土曜日で、翌日が日曜日で休みのためか、「強気でいきよんな~」と。いつもより少し高めだったようです。

Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 HirameKonosiro  搬入された不知火海の幸をこの目で確かめられて、一安心した朝でした。

fish八代鮮魚商組合理事長さんのお話(朝日新聞平成21年5月26日掲載から)

―八代海で水揚げされる魚介類の供給拠点だった市場が「八代共同魚市場」として正式に復活して3カ月。手応えは

4月の地物の取扱量は昨年同時期の暫定市場と比べて3%増えています。まずまずの船出にほっとしています。現在はアサリやハマグリなどの生鮮魚介類の競りが中心。八代のうまい魚をPRしつつ、これからは地物に加え、アジやサバなどの県外産の青モノなども段階的に扱っていきたい。

――どう増やすのですか

全国チェーンのスーパーとも契約を結んでいます。やはり店頭に地元の魚介類も必要なのでしょう。購買力のある量販店がもっと競りに参加するようになれば、市場の取引価格の下げ止まりと底上げにつながり、その分、カジキやマグロといった他産地の市場からの「転送もの」も、もっと取り寄せることができる。地元の鮮魚店はわざわざ熊本市の市場に買い付けに出向かなくてもよくなり、それで初めて正常な市場になったといえると思います。

―新市場の運営は八代鮮魚商協同組合です。市場から魚を買う立場の魚屋さんが直接運営するのは珍しいですね

鏡町漁協も協力し、八代漁協が市場開設者となり、八代鮮魚商協同組合が卸売り業務を委託されています。昨年2月に「八代魚市場」が突然破産し、緊急避難的な措置として県や破産管財人の弁護士らに掛け合い、そのまま施設を借りて地物に絞った競りを自主的に続けさせてもらいました。競りに関しては我々は素人。かつての経験者に頼んで引き受けてもらい、何とか休業状態を回避しました。

―新市場は八代漁協の倉庫を改装した施設で、八代港にも隣接していて地の利がありそうですね。現在の様子は

荷受けしたスズキなどの高級魚は絞めるだけでなく、夕方まで硬直させないよう、神経を抜いて張りを保たせたまま市場へ出します。トラックへの積み下ろし作業もこちらで引き受けています。これらの作業は鮮魚商組合員の41人が6班に分かれて日替わりで担当し、競りにも参加します。従業員が少ない分、市場存続のためみんな懸命です。

―どう盛り上げますか

仲卸業者がいない分、漁師と魚屋が互いの気心を理解し合えるようになりました。直接要望を言える雰囲気になったのが一番の効果。市民への市場のお披露目も兼ね、秋ごろからは野菜農家と一緒になって地産地消の朝市も開く予定です。市民の食卓を守る誇りと夢を、地元の水産関係者に持たせたい。

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2009年2月20日 (金)

球磨川河口のアサリと荒瀬ダム

cancer球磨川河口のアサリ

球磨川河口では4月になるとアサリ漁が始まります。私たちが河口の干潟で自然観察をしていても、アサリはよく目につきます。Asari1

輸入物のアサリに比べると、八代海のアサリは表面の模様はとても変化があり、美しさを競っているように思えて、「もっと違う模様はないか」と考えながら、干潟の観察をしています。

特に、稚貝の時はコントラストがとても鮮やかで、1cmにも満たない稚貝はとても可愛く、何度見ても感動するものです。Asaritigai

cancer必死で生きる稚貝

産まれて、海水に放出されたアサリ(幼生)は、2週間ぐらいはプランクトン生活をしています。熊本県立大学の堤裕昭教授によると、アサリの幼生は産まれた干潟に戻ってくるよりも、他の干潟で産まれた幼生が潮の流れに乗って、他の干潟に降りる方が多いということです。すなわち、球磨川河口のアサリは、他の干潟で産まれているとのこと。干潟に定着するころのアサリは僅か0.2mmほどで、砂粒より小さく、肉眼では見えません。干潟で流されないように足糸を出すのですが、泥干潟では、しがみつくものもありません。稚貝が定着するためにも砂が必要です。また、その後も大きくなるためには、成長に適した環境が必要です。

cancer稚貝の段階で死んでいる球磨川河口のアサリ

荒瀬ダムが出来てからアサリは段々取れなくなりましたが、河口の漁業にとっては、それでもアサリは大きなウェイトを占めていました。それが、平成13年にはばったり取れなくなりました。八代市が堤先生に調査を依頼して、調べてもらった結果、春には大量にいたアサリの稚貝が、梅雨の時期や台風の時期にまったくいなくなることが分かりました。Asarigyokaku

cancer原因は塩分の低下とヘドロの堆積

堤先生が調査をした結果、二つのことが分かりました。一つは梅雨や台風の大雨の時に、大量の淡水が流れ込むことによって、塩分濃度はゼロ近くまで低下していること。海水の塩分は33ですが、それが、4.6ぐらいまで低下。これではアサリだけでなく、海の生き物は生きていけません。もう一つは大量の泥―それもダム湖に堆積していた泥ですから、大量の有機物を含んだヘドロです。これが大雨の時に一気に放流されるために、アサリは窒息してしまうのです。

cancerダムの放流水と自然の大雨との違い

海面漁協の漁師さんに自然の大雨による淡水流入とダムの放流による大量の淡水流入とは、どうして違うと分かるのですかと聞いたことがありますが、以下のように説明されていました。

自然の大雨は、流木やゴミが少ない。流れてきてもバラバラにくる。しかし、ダムが放水すると、川から海に一気に流れ込んでくる淡水の一番先端にゴミや流木が集まっている。また、先端が波のように立ってくる。

ダムがない時は、砂が混じっている淡水が少しつづ流れくるので、アサリが上に上がってくる余裕があるが、ダムが放流すると、一気に大量の泥がかぶさり、その上に砂も少ないので、上にも上がれないので、窒息してしまう。また、水の勢いが強いので、一気に流されてしまう。

とても、分かりやすいですね。

cancer戻りつつある砂干潟

大量の淡水とヘドロ流入の原因がダムにあることは否定できません。しかし、3年前からまたアサリが徐々に干潟に戻ってきています。平成14年から、予定されていた荒瀬ダム撤去の準備のため冬場の3か月ゲートが全開されてきました。球磨川の河口干潟を歩いていても、以前は歩けなかった泥干潟が、どこまでも歩いていける砂の干潟に変わってきていることは実感できます。砂地を好むハマグリやオサガニなども確実に増えています。アサリが戻ってきたことと、荒瀬ダムのゲート全開の関係はきちんと調査されていませんが、調査もせずに、撤去をした時の、経済効果は数値で表せないとして、撤去の効果を考えようともしない熊本県の態度は、大いに問題があります。

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2008年11月19日 (水)

アサリと干潟の砂の関係

砂の割合を利用して行う「泥選別」

荒瀬ダムが出来てから、干潟が後退しただけでなく、砂が少なくなったというのは、多くの漁師さんが証言されるところですが、アサリと砂の関係について、漁業者に聞いてみました。

cancerアサリの漁期について

 八代漁協の場合、アサリの漁期は3月の終わりから、11月ぐらいまでです。8月の暑いときはアサリがすぐ弱るので、1か月ぐらい(二潮ぐらい)休みにします。冬は夜しか潮が余り引かなくなるので、あまりしなくなるということです。1か月のうち、漁ができるのは、少ない時で10日~14日、多い時で20日ぐらい。干潮の3時間に漁場に出かけ、舟の上で、生きているアサリと死んでいるアサリを選別します。その砂選別の経験から、アサリと砂の関係を説明していただきました。

cancerアサリは砂がないと、海で溺れる

Asarisuna ①アサリは通常砂の中に立って、水管を伸ばして呼吸をしています。少々の土砂やヘドロが上にかぶっても、水管を伸ばして呼吸をして生きることができます。

②大量に泥をかぶっても、ある程度の割合の砂が入っていると、比重の関係でアサリは浮上して、上に上がってくることが出来るので、生きていくことができます。

③ところが、砂がないと、浮上できずに窒息して死んでしまいます。

このことを利用して、アサリの選別を行います。

cancerアサリの泥選別

泥選別とは泥選別は生きた貝と死んだ貝を振り分ける方法です。泥と砂をある割合で(感で)入れると、比重がほぼ1.4の泥になるそうです。その中にアサリをいれるのですが、

○貝殻だけのは、泥選別にかける前に、取り除きます。

○口を閉めて、死んだ貝は、泥の上に浮いてきます。

○中に泥を詰めて、死んでいる貝は、沈んだままです

○生きている貝は、水面ぎりぎりに浮いてきますが、泥の上に浮くということはなく、泥の中です。

○貝殻が割れた貝(ジョレンで傷つけた場合がほとんどで生きている)は、変な浮き方をする。経験から分かる程度。

・・・ということで、4つの場合が判別できるということでした。

Dorosennbetu 泥選別の様子です。なんか旧式の方法のように思えましたので、「まだやっている漁師さんがいるのですか」と聞いたら、「新しい方法なので、みんなやっている」と。平成4年ぐらいに、金剛の漁師さんたちが有明から習ってきたそうです。これを考えた有明の漁師はすごいといわれます。

今金剛では1日60kgに収穫制限されていますが、選別するのに、20分ぐらいだそうです。それまでは、左の掌に10個ぐらいづつアサリを載せて、右手で死んだ貝をなどを取り覗いていたといいますので、見ただけでは死んでるかどうかわからず(中に泥だけ詰まっていたりする)とても時間がかかっていたそうです。

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