「荒瀬ダム」感謝の会 開催
2月3日、熊本県主催の「荒瀬ダム感謝の会」が開催
今春から撤去工事が開始されるのを前に、熊本県が「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と感謝の会を開催しました。内容は、建設時の事故による犠牲者への献花、地域代表者に対する感謝状の交付、知事や八代市長による挨拶などです。
55年ダムにより苦労の歴史を強いられてきた住民からすれば、撤去を祝う会を欲したこともあり、この会に参加するかどうか思案した方もおられたようですが、そこは一つの区切りとして参加したというのが、素直な気持ちだと思います。
前日の昼間から雪が降り、真っ白な雪化粧の中、式典は行われました。
雪の中の荒瀬ダム
上流からみた荒瀬ダムです。今日は、まず、このダムの左岸にある慰霊碑の前で、建設当時、事故等で犠牲になった工事関係者に対して献花が行われる予定です。
荒瀬ダム傍にある荒瀬ダムの管理棟の壁には「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と書いた大きな横断幕が張ってありました。事業者にしてみたら、当然の気持ちを書いてあるのでしょうが、地元住民の目線ではないようにも感じます。
会場の道の駅坂本から見た荒瀬ダムです。雪の中で物言えないダムを見ていると、撤去を待ち望んでいる気持ちは間違いなくても、やはり、「お疲れ様でした」と声をかけたくなりました。
会場である大きなテントも、雪にすっぽり覆われています。午前10時間からの開始予定ですが、この雪のため、熊本県知事など参列者の到着も遅れているようです。
式典の前に
式典が始まる前の5分程度、蒲島知事は道の駅の中で、これまで撤去運動を続けて来られた住民の方と面談の時間を取られ、「今まで、迷惑をかけてすみませんでした」という趣旨の発言をされたようです。
式典
まず、蒲島知事からの挨拶で始まります。延80万人という人が工事に関わったこと、12名の方が犠牲になったこと、荒瀬ダムが果たした役割、荒瀬ダムの記憶を忘れないでほしい、と荒瀬ダムに対する感謝の辞が述べられました。
その後、国会議員、県会議員、市会議員、八代市長など主な招待参列者の紹介がありました。その他、この日の招待参加者は、企業局OBや荒瀬ダム地域対策協議会委員の皆様方です。
八代市長の挨拶です。「ゲートが全開されて、水が本当にきれいになりました」で始まった八代市長は、荒瀬ダムが県内で果たした役割を評価しながらも、地区住民には水害や振動被害などの苦難、またアユの激減を招いたこと、住民の反対運動の末、平成14年に潮谷前知事が撤去を決定し、蒲島知事の時代になって撤去工事開始までこぎつけた運動の歴史などを踏まえながら、挨拶をされました。市民の苦悩をきちんと受け止めた発言に、住民からは拍手がありました。
校区会会長、地域振興会会長など、住民代表への感謝状の授与です。これには、一般参加していた地域の住民からは、「顔も知らん、見たこともない人も多いのに、何で住民代表なのか」「ダムにどんな貢献したのか知らん」という声があちこちから聞こえてきました。確かに、荒瀬ダムに感謝の会であれば、ダム建設に積極的に尽力されたとか、ダム撤去運動を引っ張ってきた方たちに、立場の違いはあれ、ダムの歴史に大きな影響を与えた方たちにこそ、感謝状を送ってしかるべきだという思いがしました。現在、荒瀬ダムの評価がどうであれ、建設当時はバラ色のダム計画として、地元も期待しており、そのために奔走された方の苦労を否定する人はいないのではないかと思われます。
テントの周りは、大勢の取材陣で取り囲まれていました。日本初のダム撤去、今後はますます全国の注目を浴び、現地を訪れる報道関係者も増えていくのだと思われます。
終了後、地元の新聞の取材を受ける住民Hさん。これまで住民運動の代表として表に立ってこられました。また、Hさん以外にも、ダム撤去運動の原動力になった旧坂本村村長さんや漁業の反対運動を引っ張ってこられたKさんなども参列しておられましたが、「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と書く主催者企業局からすると、彼らは感謝の対象から外れるのも仕方がないことだと思ったりしました。
参加者の感想
終了後、参加していた一般の住民の皆様の感想を聞いてみました。当然とは言え、荒瀬ダムに感謝の言葉は聞かれないものの、「やはり一区切りには間違いない。知事も本当にほっとされた顔をされていた」「しかし、今からが始まり。みんな一区切りで終わったと思ってほしくない」。一番多かったのは、やはり、住民代表とされた地区代表への感謝状授与への不満です。
ある参加者は、「知事選を前にした知事のパフォーマンス」ときっぱり。それと言うのも、やはり、この住民代表への感謝状授与にあるようです。「招待したのが、議員や企業局OB,地元代表とされる町内会長など、選挙に役立つ人ばかり」「代表の80%は、これまで、推進反対関係なく、ダムに対する発言も行動も何もなかった人。ダム問題では顔も見たことがない。こういう人に感謝状を送るのは、選挙があるから。それ以外理由がない」と。
蒲島知事の意図がそこになかったにせよ、感謝状はダムで苦労して来た人ー作るのに苦労した人であれば、それはそれで納得する、という彼の言葉は説得力がありました。
これは、知事も企業局も、今後の撤去工事をスムーズに進めるためにも、少し配慮があれば、「荒瀬ダムのこれまでに感謝する会」として相応しい式典になっただろうという思いがしました。
ともあれ、一つの区切りとなった1日でした。
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