« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

2010年4月26日 (月)

五木村のお店紹介ー「はなみずき」

4月21日、新緑の五木村を訪れました。目的であった役場などで用事を済ませると丁度お昼時になったので、前から五木村のパンフレットで紹介されていた「はなみずき」というお店にいきたくなり、知人と二人と行ってみました。役場周辺ということは分かっているのですが、かなかなそれらしいお店は見当たりません。JAで訪ねて、言われたところにいきますが、大きな看板が出ているわけでもなく、聞いてないと、そのまま素通りしそうな普通の家といった感じです。Pap_0126 Photo 玄関の前の、「WELCOME はなみずぎ」の小さな看板に気がつかなければ、玄関の前まで行かずに引き返したことでしょう。普通のお宅を訪問した時のように、玄関口で「ごめんください」と声をかけると、中から「どうぞ」の声。案内されたお部屋は、これまた普通の家のダイニングキッチンです。でも、壁には小さなメニューが貼ってあります。昼ご飯をと思って、尋ねると、食事はみんな前日までの予約が必要とのこと。アップルケーキとコーヒーのセットをお願いしました。手作りのケーキで、とてもおいしかったです。このセットが350円。Photo_2 かわいいおしながきです。事前に予約を入れておくと、ヤマメ定食などが出してもらえるとのことでした。おかみさんは杉山直美さん。以前は頭地の小学校の近くにお住まいだったとのこと。以前からケーキ作りが好きで、代替地に移ったら、お店をしたいと思っていたが、家庭的な雰囲気でしたかったので、もう住居をそのまま利用することにしたと言われていました。

2 Pap_0123 接客に利用している部屋はこのダイニングキッチンと応接間の二部屋です。合わせて10数名ぐらいの利用でしょうか。あまりにも家庭的・・・というより親戚のおうちにお邪魔したみたいで、杉山さんもテーブルに座って、ごく普通のお話をしました。そのうちに杉山さんが、「五木でコンポストを利用したごみゼロ運動をしたい」「テレビでみた高倉コンポストというのをを広めたい」と言われるので、「それいいですね」と話が弾んで、「詳しいことが分からない」と言われるので、「私が調べてみましょう」ということになりました。宿題をもらったような感じで、早速調べて、資料をお送りすることになりました。

さらに驚いたことに、一緒に行った知人の友人が杉山さんの妹さんのご主人であることが分かり、話は妹さん夫婦のことに。こうなるともう親戚話題です。すっかり、昔からの知人のようになって、予定時間をオーバーして話し込んでしまいました。

Pap_0121ケーキはとってもおいしかったです。みなさん、是非行ってみてください。お食事を希望される時は、事前に予約することをお忘れなく!杉山さん、五木で高倉式コンポストが広がるといいですね。

※ちなみに、「高倉式コンポスト」というのは、特別なコンポスト容器や発酵菌があるのではなく、短期間でゴミを土に返す手法をいうのだそうです。インドネシアのゴミの町をきれいな町に変えたということで、テレビで最近放映され話題になった方法です。その方法については、下記を参考にしてください。

高倉式 生ごみコンポスト技術資料

|

2010年4月25日 (日)

八代市民の台所、八代魚市場

fish市場の閉鎖を乗り越えて

八代市民の台所として、八代海の魚介類を一手に引き受けてきた八代魚市場が倒産したのは、2年前の2月のことでした。八代海の魚介類を扱う市場の倒産は、鮮魚商だけでなく、八代市民にとってもショッキングなニュースでした。すぐ傍に、八代海という漁場があるのに、15万都市である八代市から、魚市場が消えたというのですから、「八代海の漁業はそこまで疲弊したのか」と誰もが思ったようです。

しかし、魚市場の倒産は売り上げの減少ではなく、市場の所有者が全国でもめずらしい建設業者による経営であったため、建設業の不振のため、市場も手放さなくてはならなくなったという事情があったようです。翌日から困り果てた漁業者と小売業の人たちは、すぐ動きました。とにかく、セリが行えるよう、魚市場が他人の手に渡るまでは使用させてくれるようお願いして、倒産の翌日から、自分たちで競りを継続させたのです。そして、その間に、次の魚市場の建設と経営のため、走り回る日となりました。

その結果、翌年3月2日、八代漁協と鏡漁協、八代鮮魚商協同組合の共同で、八代共同魚市場を再開させることができました。広さは事務所も入れて、約150坪です。

そんな魚市場の現在の状況が気になり、4月17日早起きして、見学させていただきました。

Photo

Photo_7 朝6時過ぎ、八代海の漁業者が捕り立ての魚介類を次から次にトラックで運びいれます。

タイラギ、コノシロ、アナジャコ、アサリ、ハマグリ、ヒラメ、アナゴ、ヒラ、イサキ、ボラ、スズキ、タチウオ、サヨリ、コウイカ、マテガイ、テナガダコ、ワタリガニ、ガラガブ、チリメンジャコなどが、ところ狭しと並びます。養殖ものはブリ、タイ、エビなど、全体からみれば少数です。数の少ないところで、ゴチ、クツゾコ、アカガイがありました。最近はタイラギが増え、今年はアサリが少ないと聞いていましたが、今日の市場でも、そのことが伺えます

Photo_2 Photo_3 Photo_4

Photo_5 いよいよセリの開始です、聞きとれないセリ人の掛け声で、次々に競り落とされていきます。この日(4月17日土曜日)買い付けにきていたのは、41名。思ったより少ないのですが、最近は小売店が減ったため、大手のスーパーや、鮮魚店が多いとのことですが、仲買人はいないそうです。7時ごろに始まったセリは、漁業者ごとに並べられたスペースをセリ人が移動しながら行われていきます。Photo_6 この日は土曜日で、翌日が日曜日で休みのためか、「強気でいきよんな~」と。いつもより少し高めだったようです。

Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 HirameKonosiro  搬入された不知火海の幸をこの目で確かめられて、一安心した朝でした。

fish八代鮮魚商組合理事長さんのお話(朝日新聞平成21年5月26日掲載から)

―八代海で水揚げされる魚介類の供給拠点だった市場が「八代共同魚市場」として正式に復活して3カ月。手応えは

4月の地物の取扱量は昨年同時期の暫定市場と比べて3%増えています。まずまずの船出にほっとしています。現在はアサリやハマグリなどの生鮮魚介類の競りが中心。八代のうまい魚をPRしつつ、これからは地物に加え、アジやサバなどの県外産の青モノなども段階的に扱っていきたい。

――どう増やすのですか

全国チェーンのスーパーとも契約を結んでいます。やはり店頭に地元の魚介類も必要なのでしょう。購買力のある量販店がもっと競りに参加するようになれば、市場の取引価格の下げ止まりと底上げにつながり、その分、カジキやマグロといった他産地の市場からの「転送もの」も、もっと取り寄せることができる。地元の鮮魚店はわざわざ熊本市の市場に買い付けに出向かなくてもよくなり、それで初めて正常な市場になったといえると思います。

―新市場の運営は八代鮮魚商協同組合です。市場から魚を買う立場の魚屋さんが直接運営するのは珍しいですね

鏡町漁協も協力し、八代漁協が市場開設者となり、八代鮮魚商協同組合が卸売り業務を委託されています。昨年2月に「八代魚市場」が突然破産し、緊急避難的な措置として県や破産管財人の弁護士らに掛け合い、そのまま施設を借りて地物に絞った競りを自主的に続けさせてもらいました。競りに関しては我々は素人。かつての経験者に頼んで引き受けてもらい、何とか休業状態を回避しました。

―新市場は八代漁協の倉庫を改装した施設で、八代港にも隣接していて地の利がありそうですね。現在の様子は

荷受けしたスズキなどの高級魚は絞めるだけでなく、夕方まで硬直させないよう、神経を抜いて張りを保たせたまま市場へ出します。トラックへの積み下ろし作業もこちらで引き受けています。これらの作業は鮮魚商組合員の41人が6班に分かれて日替わりで担当し、競りにも参加します。従業員が少ない分、市場存続のためみんな懸命です。

―どう盛り上げますか

仲卸業者がいない分、漁師と魚屋が互いの気心を理解し合えるようになりました。直接要望を言える雰囲気になったのが一番の効果。市民への市場のお披露目も兼ね、秋ごろからは野菜農家と一緒になって地産地消の朝市も開く予定です。市民の食卓を守る誇りと夢を、地元の水産関係者に持たせたい。

|

2010年4月24日 (土)

決壊した板木ダムは今

板木ダムは、1937年(昭和12年)に川辺川に建設された重力式コンクリートの発電ダムです。ダムの寿命は100年以上は大丈夫と国は説明していましたが、築70年を迎えた2008年6月の大雨で決壊しました。2008072520080721 上は決壊後の7月初めと7月下旬の写真です。ダム下流の砂の様子からすると、ダム湖であった上流の堆積物は、荒瀬ダムダムと違って、ヘドロがそう堆積していたようには見えません。

もともと板木ダムは川辺川ダムが完成すると水没する予定であったダムの一つなので、発電継続の予定はないのだろうと思っていましたが、再び建設されることになり球磨川漁協も同意をしています。現在はどうなっているのか、2010年4月18日見てきました。20100418 ダムは、すっかり取り除かれており、左岸側が整地されています。上流はきれいな水が流れており、水位が下がったダム湖であったところの堆積物もすっかり少なくなっているようでした。せっかく、自然が壊してくれて、もとに戻ろうとしている川辺川です。このままにしておくわけにはいかないのだろうかと思わずにはいられません。

|

週間ひとよし連載ー荒瀬ダム問題を考える

人吉で発行されている週間紙「週間ひとよし」は、地域に根ざした記事を掲載しています。発刊以来今月の25日で608号となります。今年の新年号と600号~607号に荒瀬ダムの問題について、書かせていただきましたので、紹介させていただきます。

荒瀬ダムの全体について書いていますので、読んでいただければうれしいです。

■荒瀬ダム問題を考える-7

魚湧く不知火海の過去と未来 輝く流域のために

http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi7.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-6荒瀬ダム発電停止! 撤去の成功に向けてhttp://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi6.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-5 ダム建設前の球磨川とアユ漁

http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi5.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-4 忘れえぬ水害の記憶と残された課題http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi4.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-3 ダム被害の第1章は振動被害http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi3.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-2 水利権の失効と同意なき申請、その波紋http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syuukann-hitoyosi220314.pdf

■荒瀬ダム問題を考える-1 ダム建設から、撤去、存続、そして再び撤去へhttp://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syuukann-hitoyosi220307.pdf

■新年号「球磨川流域の再生は荒瀬ダム撤去から http://kawabegawa.jp/tr/tsuru/syukann-hitoyosi220101.pdf

|

2010年4月 9日 (金)

アメリカのダム撤去情報(4)-エルワダム(その1)

scorpiusエルワダム撤去

エルワダムは、約72kmと短いエルワ川の中にある二つの巨大ダムの一つで、河口から約7kmぐらいの位置にあります。荒瀬ダムよりやや大きい、高さ33mのダムです。この上流には更に大きな高さ64mのグラインズキャニオンダムがあります。この二つのダム撤去が2012年から始めまりますが、この撤去事業はアメリカの過去のダム撤去でも大きなものになると言われています。

Elwha_dam_imagesアメリカのダム撤去の事情は、日本とかなり異なりますが、発電目的のエルワダムはその規模だけでなく、ダムが建設されて以来、そこに生息していたサケやマスの90%以上が減少し、地元で生活してきたクララム族と国立公園局が、自然と魚の回復のために運動してきた結果撤去が実現に至った背景など、荒瀬ダムにも通じるものがあります。

荒瀬ダムとほぼ同時期に撤去予定のこのダムの撤去に注目しているところです。

そのエルワダム撤去の撤去手順が動画で紹介されています。http://www.youtube.com/watch?v=dKGlt00PVzE

scorpiusエルワダム及びグラインズキャニオンダムに関する最新ニュース

今月4月8日は、その二つのダムの撤去費用に関する報道がありました。正確な訳ではないかもしれませんが、その内容を紹介します。爆破という手段がとれるアメリカの撤去費用と荒瀬ダムを比較することは難しいにしても、爆破によらない他のダムもアメリカの方がかなり安いようです。

◆始動、エルワダム撤去 the news tribune(2010年4月8日)

オリンピック国立公園は、エルワ川の2つのダム撤去努力のため、次の大きな段階に入りました。

国立公園当局はエルワダムとグラインズのキャニオンダムの撤去のための提案をしています。「ちょうど1週間前、ポートアンジェレス水処理場とエルワ水施設(どちらもエルワ川復元のための主要な標石)の完成を祝福しました」

「ダム撤去のための入札提案において、私達は、エルワ川を解放し、その水域に数十万匹の魚を回復する過程に関する、また別の目標の到達に達しました。」とカレン・ガスティン長官は準備されていた声明文の中で伝えています。

公園は、422日の週の間に、計画に関して関心がある業者と会議を開催する計画をしています。

受注工事は、高さ108フィート(約33m)のエルワダムと210フィート(約64m)のグラインズキャニオンダムの撤去という、国家の最も大きなダム撤去になると推定されます。二つのダムの撤去費用は4000万ドル(約37億)から6000万ドル(約56億円)と見積もられています。

このダム撤去により、太平洋産のサケやニジマス、および遡河性のカットスロートトラウトやブルトラウトなど5つの種がすべて、もう一度70マイル以上の上流に上ることが可能になると思われます。

魚が100年ぶりに戻ってくることによって、24万エーカーの流域に生きた栄養分が届き、昆虫からアメリカクロクマに至る生態系全体を回復させるだろうと、報道されています。

鮭が戻り川が復元されることによって、エルワ川沿いに居住し、エルワ川の回復に最初から努力してきたクララム族の文化もまた生き返ると思われます。

======ここまで(慨訳:つる詳子)

|

2010年4月 7日 (水)

アメリカのダム撤去事例(3)-トゥーマイルダム

トゥーマイルダムの撤去

トゥーマイルダムはメキシコ州サンタフェ川に1894年に建設され、1994年に撤去されたダムで、高さ約26m、幅220mと、荒瀬ダムとほぼ同規模のダムになります。撤去された一番の理由は、ヒビが入ったことにより、その安全性が問われたことです。

どういうダムであったか、WEB上で写真を見つけることはできませんでしたが、そのダム撤去に関しての情報を紹介します。

snail撤去までのプロセス

トゥーマイルダムはサンタフェ市(人口約4万人)のすぐ近くにある企業所有のダムで、、市民に水を供給してきました。しかし、ダムに亀裂が入り調査した結果、ダムの下に活断層があることが分かりました。もしダムが決壊した場合の責任や、修理をしたり、撤去して別の場所に移転するなどの対応策が検討されましたらが、ダム撤去が一番コストがかからないという結論に達し、撤去が決定されました。

市民にも計画は公表され、公聴会なども開催されています。1994年、雪解けの季節が終わるのを待って、5月1日から撤去事業が始まっています。重機を利用して撤去が行われています。撤去費用は、環境や地質等の調査費用、また撤去後の再生計画などすべてを含め320万ドルかかっています。撤去費用はすべて、所有者が負担しており、水道料金に若干の跳ね返りがあっています。

snail撤去の意義

撤去後の護岸は浸食を防ぐために、緑化が施されています。また、ダムサイトであったところの一部には、小さな池と湿地がつくられ、そこや水鳥や他の生き物の生息場所になっています。しかし、ダムサイトは住民にはまだ開放さておらす、自然公園や自然保護区にする計画にはなっているものの、1999年時点では、まだ実現していません。

トゥーマイルダム撤去の意義について、アメリカンリバーズ(保護団体)は以下の3点をあげています。

①国内の老朽化したダムは、トゥーマイルダムと同じような危険性を孕んでいる可能性があることを指摘した。

②ダムの安全性を考えて、所有者自身がダム撤去の方が、その他の方法より費用の面からも安くつくと判断した、素晴らしい事例となった。

③そして、その撤去費用に税金を投入するのではなく、所有者が負担した事例となった。

snail撤去のメリット

○ダムの危険性の除去

○ダムの修理など維持管理費の削減

○水鳥や他の生き物の生息地の回復

(参照:Dam Removal Success Stories)

・・・ダムの撤去前と後の写真等を見つけることができなくて、残念です。

|

2010年4月 5日 (月)

アメリカのダム撤去とその恩恵

アメリカにおいて、これまで建設された高さ6m以上のダムの数は、75000基と報告されていますが、6m以下のものを入れたダムの総数は、実に250万にも及ぶと言われています。これは、独立宣言以来、毎日1日に1個づつのダムが建設された計算だということです。開拓時代に、未開拓地に入植したパイオニアが、個人的な利用のために川をせき止める構造物を造ったことが始まりのようです。

アメリカでは、すでに700を超えるダムが撤去されています。日本では、アメリカの撤去されたダムはほとんどは小さいという報告がよくされますが、高さ12以上のダムでも40以上のダムが撤去されておりその中で、36m以上のダムも4つあります。そんなアメリカのダム撤去の実情をちょっと紹介です。

ribbon撤去されたダム様々(1999年、アマリカンリバーズの報告書参照)

○最も古いダム撤去は、記録にあるものは、1912年のデッドリバーのマーケットダム撤去です。数の上では、1980年代(92基)、1980年代(177基)に多くのダムが撤去されています。

○撤去されたダムの種類も、木枠組みや石積みの簡単なものから、ロックフィルダム、重力式コンクリートダム、コンクリートアーチ式ダムまで、様々です。

○ダムの当初の目的も、治水、利水、発電、リクレーションなど、多岐に亘っています。

○撤去されたダムが多い州は、ウィスコンシン州(73基)、カルフォルニア州(47基)、オハイオ州(39基準)、ペンシルバニア州(38基)、テネシー州(25基)などです。

○一番高さが高いものは、48.8mで、一番低いものは60cmです。また、堤長は平均51m。一番長いものは323mで、短いものは3mです。

ribbonダムの撤去費用

撤去費用は、1999年の報告書では、一番安いものは、たったの1500ドル(約15万円:現在の為替レート)で、高いものはサンタフェ川のトゥーマイルダム(高さ25.5m、長さ216m)の320万ドル(約3億円:1994年撤去)やケネベック川のエドワーズダムの210万ドル(約2億円:1999年撤去)と報告されています。

これからすると、荒瀬ダムの撤去費用は、撤去方法に違いがあるとしても、けた外れに高額に思えます。

アメリカで、間もなく撤去されると予定の、マチリヤ川マチリヤダム(高さ57m、幅186m)の撤去費用は、その撤去方法により、約22億円から196億円の開きがあるといいます。その差は、ダム湖の堆積土砂の除去方法の違いに大きく左右されるようです。すなはち、自然流化させる場合が一番安く、パイプラインで、海まで堆積物を運ぶ場合はコストが高くなるといいます。

荒瀬ダムの撤去費用91億円のうち、これまでに20億円が支出されていますが、そのうちの半分10億円は土砂の除去費用です。地元の方たちは、自然流下で構わないレベルと言います。本当に必要なコストかどうかは、再考する必要がありそうです。

ribbonダム撤去がもたらした恩恵

多くの事例報告から、ダム撤去がもたらした恩恵は、以下のようにまとめられています。

①生き物の生息環境の復元

②水質の改善(著しい)

③回遊魚の往来の実現

④絶滅が危惧された魚種の増加

⑤ダムの維持管理や関連コストの削減

⑥税金の節約

⑦川の景観改善

⑧釣りの機会増大

⑨住民の川へのアクセス性の改善

⑩公園などの新しい利用のための土地出現

⑪水辺のリクレーションの機会増大

⑫観光事業の増大

・・・・総合すると川の再生と、それによる地域の活性化が撤去のメリットということのようで、すべて荒瀬ダムにも当てはまるようで、撤去後が本当に楽しみです。

|

2010年4月 3日 (土)

アメリカの撤去事例(2)-エドワーズダム

荒瀬ダムの撤去が決定し、蒲島知事は、撤去工法を決定するために「技術研究委員会」を設置、7月までに安全・環境の面から撤去計画を策定すると発表しています。しかし、荒瀬ダムは近年では国内初のダム撤去となり(昭和30年代に宮崎の轟ダム撤去が実際の全国初ダム撤去)、撤去の参考とする事例がありません。一方、アメリカには多くの撤去事例があります。アメリカにおいて蓄積されたデータ・報告なども参照して、住民参加の手法等含め、学ぶべきところは学んでほしいと思います。

撤去事例(2)エドワーズダム

エドワーズダムは、アメリカメイン州オーガスタのケネベック川に1837年に建設された高さ7.3mの発電ダムです。老朽化の問題もありますが、連邦政府が、発電による収益よりもダム撤去による健全な川が環境にもたらす恩恵の方が大きいと判断して、撤去命令を出した最初のダムとして注目されました。1999年に撤去されています。Edwards_dam

高さは、荒瀬ダムよりかなり低いのですが、それでも撤去による回遊魚の再生や地域の経済効果など、撤去は地域社会や河川環境に大きな変化を与えています。

fishエドワーズダムとは

エドワーズ織物工業に電力を供給するために、1837年に建設されます。1980年にエドワーズ工業は工場を閉鎖しますが、電力会社との契約によって、発電事業は継続されてきました。1990年代初め、水利権の許可期限が切れ、1年ごとの更新で許可は継続されてきました。しかし、市民団体アメリカンリバーズや大西洋サーモン同盟などが集まりケネベック連合を設立、更新の許可をしないことを主張します。

1997年11月25日連邦エネルギー規制委員会は、免許の更新を許可せず、エドワーズダムは、電気事業が生み出す電力が、それによって起こる環境被害を正当化することはできないと判断し、撤去命令を下しました。連邦政府が免許更新を認めなかった初めての事例となります。撤去費用はケネベック川水開発団体などが負担し、公金の支出はありませんでした。

penguin撤去計画

コンサル会社が撤去計画から関係する免許の手続き、撤去プロジェクトの監督を行っています。この撤去の趣旨説明や住民への疑問に答えるために、住民に対しても公聴会が開催されています。そして、1999年4月、現場に重機の設置などが行われ、撤去の準備が始まります。実際の本体撤去は、スズキやカワニシンなどの産卵が終わってからになりました。

fish撤去の開始当日

Edwards2_dam_1 1999年7月1日、地域住民、漁師、当局職員、政府高官などが集まり、撤去前の祝賀会が、堤防傍にある工場の敷地内で行われます。大型のスクリーンにケネベックの過去と未来への期待が映し出されました。このイベントは、世界中のマスコミの注目を集め、報道されました。教会の神父による祈りのあと、参加者のスピーチが続き、その後、前もってつくられていた締め切り堤がユンボによって壊されると、一気に川は流れだしました。この様子は、堤防からも見ることができ、詳細は大型スクリーンに映し出されました。その後、段階的に撤去作業は進み、11月には終了しています。162年ぶりに、ダム湖であった約17マイル(約27km)に自然な川が戻り、産卵場も再び出現することとなりました。生物学者は数年のうちに、サケやニシン、アレワイフなどの回遊魚の数が増えると見ています。

fishダム撤去後のケネベック川

アメリカンリバーズはダム撤去の恩恵を以下のように報告しています。

one回遊魚の復活

○アレワイフがダムがあったところより、18マイル上流のウォータービルまで溯上した。生物学者はその数を200万尾と見積もっています。

○釣り人に人気があるシマスズキも、19マイル上流で、67ポンド補獲され、また春にも戻ってきています。

○ウォータービルで初めて補獲されたアメリカンシャッドは、孵化場で増殖され、再度放流されますが、過去の水準に戻るまで、続けられる予定です。

○チョウザメも、元ダムサイトで飛び跳ねているのが報告されています。

two野性生物への影響

ハクトウワシ、ミサゴ、アオサギ、カワセミ、ウなどが魚を獲るところが川沿いからもみることができます。淡水イガイは、アレワイフの鰓に産卵をして、上流に運んでもらうために、アレワイフが傍を通ることを察知すると、すばやく卵を放出します。

three水質の劇的な改善

これまでダム湖は最低の水質基準をクリアすることができませんでしたが、劇的な改善により、水質階級もBランクに位置づけられました。撤去以前にはめったに見ることができなかったカゲロウやカワゲラの数も劇的に増加しています。

fourレクレーション機会の増大

ボート遊びをする人、釣り人、バードウォッチをする人などが川に戻ってきています。また、多くの人が水位低下により、泥だらけの堤防が露わになると、リクレーションの利用を躊躇するのではないかと心配していましたが、草や低木が自然に生え、堤防は緑に覆われつつあります。また、水位低下により急流や小さな砂洲が多く出現しました。162年ぶりに現れた、これらの新たな特色は、ケネベック川に面白く多様な旅行の機会を生み出しています。

five地域社会や地域経済への影響

州都オーガスタでは、河川空間改選地区を設定し、その保護と利用計画を立てています。エドワーズ工業跡地は公園にする計画です。カイドサービス業や地元企業も新しくなる川がもたらす効果に期待を寄せています。旅行用品業者の一人は、「ドリフトボートが今後5年間で30槽は見られるようになるだろうと思ったが、今はその倍にはなるとみている」「楽天的な初期の予想をも上回る経済効果があるだろう」と述べています。

(※参照:Edwards Dam Removal Update:Maine State Planning Office)

|

2010年4月 2日 (金)

ゲート開放から、一夜明けて・・・・

3月31日に、荒瀬ダムの水利権が失効して、ゲートが2門だけ開けられました。1日で何が変わるわけではないと思ったのですが、遥拝堰上流の遥拝堰の湛水区域となっていた部分にも、川の中に水道が出来、水が流れているなあというのをはっきりと見てとることができます。また、これまで緑色していた川が、ほんのり青みがかった緑色に変化していました。

また、ダムから藤本発電所までの間、これまで止水域となっていた区間を、水がとうとうと流れる様は、球磨川の再生を予感させてくれます。L20401

※藤本発電所の出水口との合流点から、上流部分の昨日の様子をビデオに収めました。

http://kawabegawa.jp/tr/arase2/L5~6-220401.MOV

happy01地元の皆さんの笑顔!笑顔が・・・

Photo_8Photo_93月31日のカウントダウンイベントにおいては、地元の皆さんが看板作りや投光機の設置など会場づくりから差し入れの準備・後片付けなどすべてを引き受けてくれました。また、翌日の4月1日は、午後9時から地元での報告集会と、本当に大変な一日でした。

Photo_12その活動のすべてをされたのは、みんな70歳代、80歳代の方ばかりです。病気を抱えている方、体が自由に動かない方ばかりで、正直、「3月31日の晩は、明日までもつかいな」と思ったそうです。しかし、1日の夜地元で行われた祝賀会には、あふれんばかりの笑顔でいっぱいでした。

Photo_4Photo_10 Photo_11 皆さん、「生きているうちに撤去が実現するとは思わなかった。こんなにうれしいことはない」と。しかし、その後に、「でも、まだ球磨川の再生をどうするか、問題が残っている」と続きます。撤去を勝ち取ることが目的ではなく、昔の球磨川を取り戻したいと本当に思っておられるのだなあ・・・と、その思いに感銘しました。

| | コメント (0)

2010年4月 1日 (木)

荒瀬ダム発電停止!地元の喜びひとしお

073s 「今朝は朝から何回も泣きましたっバイ。うれしくて、うれしくて」「ほんに、良かったなあ・・・」・・・と今日の地元は喜びであふれています。荒瀬ダムの発電が中止によるゲート開放によって、ダム建設から50年数年、犠牲を強いられ辛抱してきた皆さんも解放されたようです。

平成22年3月31日午後11時30分にゲート2つが開放され、発電用水を取水する取水口が閉じられると、午後1時過ぎに発電が停止されました。これまで、ゲートが全開されることは度々ありましたが、二度と発電されないという前提でのゲート開放をどれだけ待ち望んだことか・・・地元の皆さんの喜びが伝わってきます。

本体が着工されるまで、まだ解決しないといけない課題も山積みですが、全国初の撤去に向けて、本当に動き出したのだなあと、各マスコミ報道を見るたびに、実感が出てきます。

happy013月31日午後11時カウントダウン集会スタート!

P10506291 みんなで準備をします。

P10506402 大きな看板を力を合わせてたてます。

P10506523 県外から駆け付けた学生さんたちです。

P10506544 準備OK!

P105066251 水利権失効停止まで、もうちょっと・・・・

P10506855 参加者の喜びのスピーチが続きます。

P10506956 その瞬間が待ち遠しい地元の皆さん

P10507297 10,9,8・・・3.2.1、バンザイ!

P10507308 もう一度、万歳するぞ~!マスコミもスタンバイ!

P105074510 看板の前で記念写真

P105075914 地元の皆さんの温かいおもてなし。

P105076311 地元の皆さんも、看板の前でもう一度「バンザイ!」

P105077212福島八代市長のしみじみインタビュー

P105077413 本田進さん(住民団体代表)・・長年の運動お疲れ様!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »