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2009年12月20日 (日)

蒲島知事に届け!坂本町住民の叫び

「荒瀬ダム撤去を求める、叫びを届ける坂本住民大会」開催

新政権も荒瀬ダム撤去になんらかの補助ができないか協議をしているという中、蒲島知事は、今年いっぱいにはっきりした回答が得られなければ、来年1月にでも水利県の更新を行うと存続の姿勢を崩そうとしません。

荒瀬ダムがある坂本町(旧坂本村)では、50年以上にも及ぶ住民の苦悩をなんとか知事に届けたいと、平成21年12月20日、「荒瀬ダム撤去を求める、叫びを届ける坂本住民大会」を開催しました。Ca3c0109s

雪になりそうな寒い日にも関わらず、250名の村民の参加がありました。実行委員長を務める木村征男氏の挨拶のあと、松野参議院議員、つい先日できた「荒瀬ダムの撤去を求める八代市議会議員連盟会長」田中茂氏の来賓スピーチの後、水利権に関するプレゼン、地元住民の荒瀬ダム撤去を求める訴えが続き、最後に宣言文採択がありました。

何度も何度も聞いてきた坂本町の人たちの思いですが、聞くたびに荒瀬ダムの罪深さを再認させられます。ダム建設後、毎年のように水害被害にあったり、水害におびえたりする50年を余儀なくされてきた坂本町の方々の経験を聞くと、水害の実績もない川に、他所の川の水害被害の写真やデータを利用して、強引に造ろうとしている天草の路木ダム建設に対する蒲島知事の決断には腹が立つのを通りこして、本当にやりきれない思いがします。

「コンクリートより人」をスローガンにする新政権には、いくら県政事業とは言え、国の補助金をだすべき事業は路木ダム建設なのか、荒瀬ダム撤去のどちらなのかを、判断する責任があることは間違いないと言えます。Ca3c0113s

以下は、今日の集会で発言された皆様の内容の紹介です。

heart01荒瀬ダムを撤去するという意思が見られない蒲島知事

松野参議院議員:今政務三役と話しているが、「今の法律の仕組みの中では、県営ダムの撤去に国が支援するのは難しい」というので、「河川管理者は、球磨川全体の治水を考える中で、ダムの存続、撤去が治水に与える影響についても考えるべき。球磨川全体で、ダム撤去に向けた様々な取り組みも可能ではないか」と言っている。

しかし、国も「蒲島知事は撤去に向けて、意欲があるのか」と聞いてくる。国も蒲島知事にその気があるのか推し量り兼ねているのではないか。蒲島知事には、「何としてもダムを撤去するんだ。ダム撤去が熊本県にとっても重要だ」ということを、強くアピールしてほしい。

河川課の担当者に聞いたら、「しばらくゲートを開けて、環境調査や影響調査を進めながら、実際の撤去が少し先になったとしても、それはいい」という。しかし、蒲島知事にそういうと、「そういうことはできない」という。県がはっきりしたダム撤去の姿勢を示せば、知恵もお金もついてくる。蒲島知事に粘り強く訴えていきましょう。

heart01プレゼン「水利権の更新はできない」 木本生光さん

平成14年の水利権更新のときは、7年後に撤去する前提で水利権が更新されているので、許可されたことを示す「水利使用規則」にも「7年後に撤去する」ということが明確に記されており、「更新する場合」についての記述は一切ない。だから、企業局が荒瀬ダムを利用して、水利権を取得しようと思えば、新たに漁協の同意を取らなくてはならない。

heart01住民の訴え

①本田進さん:私が住んでいるところは、昔から一番洪水に遭ってきたところ。それが一番の繁華街で村の中心地になった。それは、洪水による被害より、球磨川の恵みの方がはるかに大きかったから。ダム建設には、夢のような説明を聞きみんな賛成した。それが、ダム建設後は、それまで経験したことがないような水害に遭うようになった。村は衰退し、櫛の歯が抜けるように家がなくなった。

②谷崎三代喜さん:県外で働いて、13年前に坂本に帰ってきた。故郷の川がすっかり変わり、すべての文化、生活が破壊されたことを痛感した。球磨川にはアユが絶対必要で、いまでもみんなの心に住んでいる。蒲島知事は、球磨川は宝だとして、川辺川ダム中止を決めたが、上流の川だけが宝の川ではないといいたい。

③瀬上都代子さん:嫁いできて30年、両手で足りないぐらいの水害にあってきた。昭和57年が7月12日に一回目の水害にあった。当時の家は道路より90cm高いところにあったが、1m60cmまで水がきた。やっと後片付が終わると思ったら、7月24日また水害にあった。長男は風邪で高熱を出し、私は出産を10月に控えていたが、品物を駄目にしたくない思いで、冷たい汚水の中で作業をした。主人の父はその時疲れがたまり、脳卒中で倒れ、数年後になくなった。

その時より、道路も1.3m嵩上げされ、家もその道路より2mも上がったが、それでもその後大小の水害に見舞われた。今でも大雨が降るたびに、夜中は1時間おきに懐中電灯をもち、球磨川の水位を測る。テレビをつけつけたまま、横になっているが一睡もできない。荒瀬ダムは、水害という犠牲の上に成り立っている。

④光永了円さん:幼稚園をしている。水害は夕方から夜中に起きることが多い。運動場まで使ったら、ピアノや冷蔵庫をみんなで上げる。浸からんだったら、また下げる。この繰り返しで水害と戦ってきた。ニワトリもウサギも、小屋が流され、みんな犠牲になってきた。おびただしい土砂が対岸から押し寄せてくる。子供が流されたお母さんは、高齢になった今でも「遺体もまだ見つからず、悔しい」と言う。人口も4分の1になり、林業も農業、漁業もみんな駄目になった。村の夢をみんな奪った。蒲島知事は英断をしてほしい。

⑤森屋広美さん:民宿をしている。今年10年ぶりに鮎漁をしたが、藻が多く、刺し網をいれると藻ばかりがかかり、外すのに半日かかる。藻の大量発生は温暖化もあるのかもしれないが、荒瀬ダムも一因ではないか。その藻が腐ってダム湖にたまり、悪臭を放つ。生物にとっては死活問題。昔のきれいな球磨川を取り戻すために、荒瀬ダムをなくせるまで頑張る。

heart01宣言文

「球磨川は宝だとして川辺川ダムの建設中止を決めた知事」「この国のあり方を変えるとした政権与党」に対し、「私たちは訴えるしかありません。叫ぶしかありません。それでも最後まで声を出していきます。住民の願いとして、そして後世へ残すものを守るために最後まで頑張り抜くことを宣言します」という宣言文が採択されました。

集会宣言「知事へ届け この思い この願い」の全文はこちら

http://kawabegawa.jp/tr/syuukaisenngenn-sakamoto091220.pdf

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