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2008年11月27日 (木)

荒瀬ダム存続の判断にあたって

熊本県民が誇れる判断を

 荒瀬ダムを撤去するか存続するかについて、蒲島知事は今日にも判断されるものと思われます。昨日は、最大会派の自民党や多党の県議と意見交換を交し、その中で「財政上の理由から、存続したい」「しかし、状況が許せば早いうちに撤去したい」旨発言されています。この相反したコメントからも、悩まれたことは伺いしれます。しかし、ゼロベースですべての事業を見直すと公言されていた知事が、「他の事業の見直しも全くしない段階の6月になぜ、荒瀬ダムだけを見直す発表をした」ということに、割り切れない思いを抱く県民は多いと思います。決断力は当然知事に求められる資質ですが、それはあくまで熟慮の上にされるべきものです。特に熊本県は川辺川ダムという全国レベルの問題を抱えています。そして、この問題についての蒲島知事の判断は、県民のみならず全国から高い評価を得ただけでなく、大きな影響を与えています。特に大戸川ダムに対する関係府知事の判断に大きな影響を与えたのは間違いありません。自分の発言の影響の大きさを蒲島知事がどう捉えておられるのか分かりませんが、今後の日本の河川行政の方向性を正す役割が、結果的に蒲島知事には与えられたというのは、認識してほしいと思います。

河川行政の分岐点における熊本の役割

今月11月2日に京都で開催された「川の全国シンポジウム」に川辺川ダム問題の報告をするために参加してきました(詳細は高橋ユリカさんのブログを見てください http://yurika-net.sakura.ne.jp/blog/index.php?mode=res_view&no=42)。2-3日にわたって開催されたこのシンポジウムでは、主に淀川委員会や河川法の経緯や問題点がテーマの中心でしたが、川辺川ダム問題の全国における位置づけが明確に印象付けられた大会になりました。

この中で、元近畿地方整備局職員であり、元淀川委員会委員長である宮本博司氏からの報告がありました。淀川委員会の経過についての報告の中で、宮本さんは、最初淀川委員会を作った時に、「面白いから、やれ」と応援していた国交省が、「淀川委員会をつぶせ」t変わってきた経緯を述べられ、今、河川行政を昔の官僚主導型に戻そうとする強い力が働いていると危機感を述べられました。それを阻止する大きな力の一つが川辺川と淀川の連携であることは間違いありません。とりわけ、白紙撤回宣言をした蒲島知事と大戸川ダム中止を求める決議をした4府県知事の強いリーダーシップが求められています。

そういう立場にある蒲島知事が、熊本県内のダム問題で、整合性のない判断をすることが、今後の川辺川ダム問題の解決に影響があるだけでなく、今後の河川行政が変わろうとする流れの中に、障害物を投じることにもなりかねません。

河川行政が分岐点に立っているという現状の中で、川辺川ダム問題と荒瀬ダムは切り離して考えることができない問題であるという認識の上にたって、蒲島知事には賢明な判断をしてほしいと願っています。県民が誇れる知事になれるかどうかの分岐点に、蒲島知事もまた立っています。

「淀川委員会は面白い」から「淀川委員会をつぶせ」まで          ―宮本氏の報告要約―

Ca370159 ●吉野川の可動堰の問題などいろいろあって、もう河川局自体今までのやり方ではもたないということがあって、河川法改正となった。この河川法改正は今までの治水・利水というのにプラスして河川環境の保全が入ったが、もうひとつ一番大きな問題は、今までは河川の整備というものは、「国にまかして下さい。」「国交省がやりますよ」と言ってきたのを勝手にしましたというのを法的に位置付けたもの。

2000年に淀川の流域委員会を作ろうということで、準備委員会ができた。このときの発想はとにかく、河川行政に対する住民側の不信感を払しょくしようというのがあって、委員を公開で第三者機関によって選ぶとか、事務局は国交省から独立させるんだ、という様々な試みをやった。すべて、この委員会というものは、お墨付き委員会にしないというものがあった。

2001年にスタートした。その時は、河川局も国交省も「面白そうだ。任すからやれ」ということだった。結論ありきでなく、委員や住民と一緒に淀川の現状と課題を共有しようと。結果として、委員自体の考え方も国交省役員の考え方も変わっていった。

●治水も利水も環境も一体として考えようというのが一つの方向転換だった。ダムと河道でとにかく洪水を押し込めるのには限界があると。今もろい堤防があるから、それは最低限補強しようというのが二つ目の転換だった。そして3つ目は、これからの水需要は我々使うほうが抑制しようと。水利用をできるだけ効率的に使おうというほうに方向転換しようということになった。今まではとにかくダムだったが、ダムというのは、河川環境あるいは社会的影響を考えるとき、できるだけ作らないほうがいい。しかし、どうしても造らないといけない時には徹底的に説明責任を果たそうというのが、この淀川流域委員会で議論で大きな方向転換の流れであった。

●ところが、淀川はなんだか面白いと言っていたのが、だんだん淀川はけしからんという話が出てきた。それから、まず堤防強化をやろうと言っていたのが、「越水対策は言ってくれるな」ということになった。そして、最後には「淀川のこんなやり方をつぶせ」と、極端な意見まで出てきた。

●最初、これまでのやり方を根本的に変えようと、河川法改正のスタートだったと思う。しかし、今考えると、国交省の中には、「もう持たないから何か仕組みを作っておこうと、それが河川法改正であって、河川法が改正されたらそれで通るだろう」という考え方があったんじゃないかと、思っている。そして淀川流域委員会があって、学識経験者の意見を聞いて、反映していこうとした時に、「淀川は本気で住民の意見を聞こうとしている」と、これはけしからん事だということが起こってきたのではないか。

●国交省の河川官僚の多くは、「川のことは自分が一番よく知っている」と思っている。だから市民意見や、学識経験者の意見を聞くと、出だしは変えたが、根本のところは我々河川官僚が一番知っているから、これは変えない。それを淀川はひょっとしたら根本のところまで変えようとしているんじゃないか、というふうなことが、この7年の流れの中で起こってきたんじゃないか。

●昨年の1月に淀川委員会が休止された。そして昨年の8月に原案が出されたが、この原案が2001年から6年間流域委員会と近地整が二人三脚でやってきた議論とまるっきり根本から転換され、また従来型の先祖がえりの考え方にもどった。そして、どうしてもダムだというのがこの原案の中身。そして、流域委員会は、今年の4月にこの原案ではどうしても議論がかみ合わないと、いうことで、見直しを求めたが通らす、見切り発車になった。

●今河川環境も悪くなり、行政に対する不信感も高まってきた、これをなんとか変えようと、安心できる地域つくろうと、河川環境をよくしようという方向を淀川委員会でやってきたが、今もう一回逆の方に戻そうというすごく大きな力が働いている。我々は今その分岐点にいる。昨日、今住民や知事さんがこの分岐点の中で、動こうとされている。そして、府議会も県議会もいろんな動きがある。滋賀県の議会はこの前「流域委員会の意見をきちんと聞くべきだ」ということを、議会で議決された。そして今日は国会議員先生もこられて、住民の方も大きな力をだしているが、今この分岐点でどちらにいくのか、ここの非常にきわどいせめぎあいが、まさにこの淀川あるいは住民が問われるところ。非常に大事なところにいると考えている。

今日の天気:cloud

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