2011年12月29日 (木)

ダム撤去工事により川に戻りつつあるエルワ川(アメリカ)

アメリカのエルワ川において、今年の9月に開始された二つのダム撤去開始から3ヶ月が過ぎました。エルワダムとグラインズキャニオンダムのダム本体は半分程が撤去され、上流の堆積物もかなり下流に流されました。その現在の様子を12月25日のシアトル・タイムズが記事にしていますので、紹介したいと思います。

20111228 ↑撤去開始から3ヶ月が過ぎた現在のエルワダム

   ※撤去の経過については、こちらをご参照下さい。

川に戻りつつあるエルワ川(シアトルタイムズ記事)

Lake Aldwell Reservoir starting to resemble a river from dam removal work on the Elwha River system

Photo (↑アドウェル湖)

オリンピック半島の上の東フアンデフカ海峡に注ぐエルワ川にある2つのダムの撤去について、エルワクララム族からニュースがアップされていた。

アドウェルダム湖は、再び川に戻りつつある。しかし、これは魚の遡上を妨げていた二つのダムの撤去が9月に始まってから、エルワクララム族が、大きな期待を持って見てきた、エルワ川の変化の一つにしか過ぎない。

11月1日までに、高さ108フィートのエルワダムは48フィート、高さ210フィートのグラインズキャニオンダムは32フィートの高さまで撤去された。

ダム湖からの水は、ダム下流とダム湖の水文地質を変えながら、撤去中のダムから溢れ出している。ダム撤去が始まる前には、自由に水が流れているのは、ほんの5マイルだけであった。

「エルワダムは約40%が壊され、背後のアドウェル湖は、もうダム湖ではありません」とクララム族の生息地プログラムマネージャのマイク・マックヘンリー氏は話す。
「川のようになりつつある。南端のデルタは更に露出し、堆積物は下流に流されています。」と。

更に、作業員は、100年間存在していた残骸ををアドウェル湖から取り除き、ボートがダムに近づかないように設置されていた防止柵も取り除かれた。流木は、川の下流の鮭の生息場所に役にたつであろうという理由で、下流に流されてきた。

「11月末に大きな降雨があったので、川のある地点においては、10,000立方フィート/秒の流量があり、それがタイナミックな変化をもたらしたのです」とマクヘンリー氏は語る。

クララム族は、河口近くでは、干潟に良質な砂の堆積がわずかながら増えているのに気が付いている。クララム族の環境コーディネイターのマット・ビーネ氏は「河口から海峡に吐き出される良質の堆積は、撤去工事中と比較してずっと顕著で、その形状も一日のうちに変わります」という。

「私達は、干潟に重要な土砂の堆積はまだ確認してないけれども、小さな粒子により濁りの程度が高くなっているのに気が付きます。」「ダムの撤去は、予定より進んでいるようであるけれども、川により、より大きな流れが発生するまで、干潟に重要な土砂堆積を見ることが出来るとは思っていません。」とのことである。

約100年の間、魚は 魚道のない二つのダムによって、上流に遡上することができなかった。

2000万立方ヤードを超える沈殿物がダムの背後に堆積したが、その殆どは、今後下流に流されて、河床に変化を与えることになると思われる。

二つのダムは連邦政府によって所有されており、オリンピック国立公園は撤去の先頭に立っている。

3億5000万ドルと見積もられているダムの撤去ととエルワ川の生態系復元プロジェクトは、米国における過去最大のダム撤去プロジェクトである。プロジェクトは、2013年までに終了予定。

=======

エルワ川で起こっている河川や河口の変化は、荒瀬ダムのゲート全開により現在起こっている球磨川や河口干潟の変化とほぼ同じようなもののように思えます。ただ、エルワ川は二つのダムを、川の再生のために撤去するのに対し、球磨川は荒瀬ダム撤去そのものが目的になっており、上流には瀬戸石ダム、下流には遥拝堰を抱えていることから、今後の川の再生においては、双方に違いが出てくるように思います。

日本発のダム撤去が、川の再生にどのような影響を与えるのかを考える上において、今後共日米の二つの川に注目していきたいと考えています。

|

2011年12月 5日 (月)

荒瀬ダム撤去の許可申請許可証、交付される

apple12月5日、待ちに待った撤去許可書交付

知事が撤去を表明し、撤去に向かって準備が進められていたものの、地元にしてみればなかなか安心できないのが事実です。今日、9月に申請を出していた撤去許可申請に対し、国から許可証が交付され地元はホッとしています。

Kabasima_2 今日の県議会冒頭に、来年4月に予定されている知事選挙への出馬の意向を問われ、知事は出馬の意向を表明しました。荒瀬ダムの撤去決定に至る経過には、潮谷前知事が決定した撤去を翻し、その後水利権更新が困難となり撤去決定を行うなど、二転三転あったものの、続投して、責任持って撤去工事を進めてほしいというのが、地元の正直な気持ちだと思います。

自民党の村上寅美県議からは、「12月県議会に提案されている、来年度の撤去予算一七億円を認めれば、国からの補助がでなくなり、県民の理解が得られないのでは」旨の質問がありました。蒲島知事は、「今後も国への要望、コスト削減、企業局の運営努力を行う。また環境省の交付制度の利用も期待している」と撤去費用削減に努めると説明しました。

一昨日3日に開催された県と県選出国会議員の意見交換会において、民主党の松野頼久衆議院議員も、荒瀬ダム撤去費用について「荒瀬ダムは環境省の事業として、自然回復型の公共事業として確保したい」と述べています。

ともかくも、日本初のダム撤去に向けてまた大きく一歩前進しました。

■■NHKニュースから■■

荒瀬ダム撤去 正式に決定

八代市にある県営荒瀬ダムについて国は5日、熊本県に対してダムの撤去工事を許可する許可書を交付し、既存のダムとしては全国で初めて撤去されることが正式に決まりました。
八代市にある県営荒瀬ダムは熊本県が昭和29年に一級河川の球磨川に建設した水力発電専用のダムです。
その後、ダムは老朽化し、平成14年に県はダムによって流域の環境が悪化しているという地元の声を受けていったんダムの撤去を決めましたが、平成20年には財政難から撤去計画を凍結していました。
しかし、撤去凍結に対する地元の反発や、川の水を使う権利「水利権」の更新に地元漁協の同意が得られなかったことから、去年2月、再び県はダムの撤去を発表し、ことし9月に河川管理者の国に撤去工事の許可を求めて申請書を提出していました。
国は今月2日付けでダムの撤去工事を許可することを決め、5日、国土交通省の八代河川国道事務所で熊本県に許可書が交付されました。
これで荒瀬ダムは既存のダムとしては全国で初めて撤去されることが正式に決まりました。
県では来年度から6年かけて荒瀬ダムの撤去工事を行うことにしています。
国から荒瀬ダムの撤去工事の許可が下りたことについて、蒲島知事は「国をはじめ関係者に感謝を申し上げる。地元や県民との約束である来年度からの荒瀬ダム撤去に向け準備を進めていきたい」というコメントを発表しました。

12月05日 18時28分

|

2011年11月10日 (木)

球磨川のアユの1年と放流事業

球磨川は尺鮎で知られた1級河川です。昔は本当に沢山のアユがいたようです。春になると川を真っ黒に染めて遡上してくる稚鮎の群れは今も流域の人の心の中に刻み込まれているようです。ダムが出来て、減少の一途をたどるアユを取り戻したいという強い思いも、川辺川ダム反対・荒瀬ダム撤去行動の大きな原動力でした。

今は、球磨川漁協の手による掬い上げ・放流・孵化事業等によって、天然アユは何とか守られています。今年の実績は天然遡上が約129万尾、人工孵化事業等合わせて合計約248万尾です。その事業についての紹介です。

P1040987s ①球磨川の河口から約5kmのところにある球磨川堰です。冬季を八代海で過ごした稚鮎は春3月頃に遡上してきます。この球磨川の魚道を登ってきたところを捕獲して、放流しています。

P1020798s

P1030455s②魚道を登ってきた鮎は、左にあるプールに誘導されます。掬い上げ事業は3月の中旬頃から5月の中旬頃まで行われます。この頃のアユの大きさは、一番子で8cm前後、大きいのは9~10cm程、二番子、三番子と小さくなり、3~5cm程です。この一番子が尺鮎まで育つといいます。

P1030516s ③プールに張ったネットをたぐり寄せて、稚鮎を網で掬います。

P1030519

P1000320s ④バケツリレーで、待機しているトラックの水槽に移します。このトラックで、流域の30数カ所の放流場所に運びます。迅速に放流する必要があるので、鮎に最大の配慮もしながら、トラックのスピードはかなり早いようです。

Dscf1531s ⑤トラックからホースで川に放流します。時には、地元の子供達対象にした放流体験イベントなども実施しています。

P1060952s 

2003_05290018 ⑥6月の解禁を過ぎると、あちこちで鮎掛をする人たちの姿を見ることができます。また、全国からも尺鮎狙って多くの太公望が集まります。

P1020317s⑦7月初旬頃のアユです。大きいものはすでに20cm程に成長しています。

S ⑧海から遡上してくるだけの鮎では足りないので、人工孵化作業も行なっています。秋になると、木枠の箱(写真)にシュロの葉を引いて、その上で受精させた卵が発眼するのを待ちます。

P1050087s ⑨2週間ぐらいで発眼しますので、その前に、河口の球磨川堰に移動させ、そこで孵化を待ちます。付加した仔魚は魚道を下って、不知火海にたどり着きます。生まれたばかりの仔魚は遊泳能力はないために川の流れ任せです。

Photo_2 ⑩落鮎時の婚姻色が出たアユでサビアユと呼ばれます(上メス、下オス)。22~23cmから27~28cmという大きさに成長します。30cmを超えるアユの体型は、サバに近い感じです。産卵を終えると、一年という短いアユの一生は終わりになります。

P1040300s_2

Photo  ⑪産卵の季節は、落鮎漁の時期でもあるため、下流では投網や刺し網をする漁師さんの姿を見ることができます。八代の投網漁師の中でも、海でも投網をしている千反の漁師さんの投げ方は、舟の上から5~6mの海の底で開くように投げるという投げ方で、とても豪快です。

漁協の努力にも関わらず年々鮎は今も減り続けています。荒瀬ダムの撤去で瀬や淵が再生され漁場は増えるかもしれませんが10km上流にある瀬戸石ダムにより鮎は遡上できず、また鮎が産卵のため下降できないという現状は変わりません。球磨川漁協は平成26年の瀬戸石ダム水利権の期限が切れるため、水利権の更新に反対を表明しています。

荒瀬ダム撤去を実現した流域住民からも、瀬戸石ダム撤去を求める声がでるのは当然の成り行きだと思います。住民にとって荒瀬ダム撤去は目的ではなく、球磨川再生の第一歩なのです。

|

2011年10月27日 (木)

コンジットダム撤去ーアメリカ、二番目に大きなダム撤去開始

アメリカはこの秋、本格的な大型ダムの撤去の時代に突入しました。9月中旬に撤去開始されたエルワ川の二つのダム撤去に続き、昨日10月26日はコンジットダムが撤去開始されました。

fishコンジットダムとは

Conditdam1 コロンビア川とホワイトサーモン川(流域面積は約1002km²)の合流点から5.3kmのところに1913年に建設された堤高約38m、堤幅約122mの発電ダムです。30㎞にも及ぶサケやスチールヘッド、ヤツメウナギなどの生息地や遡上を阻害しているとして、魚のために撤去される計画としてはアメリカで2番目に大きなダムです。ダムが建設される前は、サケの成魚は8000匹ほどいたといわれています。

⇒learn more about Condit Dam

fish撤去の方法

撤去の方法は、昨日下部を爆破によって穴をあけられることから始められました。約320キログラムのダイナマイトが今回使用されています。開けられた3.6×5.5mの穴からは、98年分の土砂が6時間で一気に放出されるといいます。

爆破されると濁水が一気に流れだし、水位も見る見る間に下がっていきます。支流にあるダムで下流に人家とかないにしても、ダイナミックな撤去方法にはびっくりです。

サケなどはあらかじめ捕獲され、上流に放流され、ダム湖の水位も下げられた上で行われています。

撤去費用は約25億円で、2012年8月に撤去完了予定です。

fish今後の予定

今冬は、撤去工事は行わず、サーモンの活動や堆積物が安定するのを待ち、来年の春に残りのダム本体を撤去する予定です。

この流域も昔はヤカマ族がサーモンを捕って暮らしていました。彼らもまた川が復活して、サーモンが戻ってくるのを楽しみにしています。

|

2011年10月21日 (金)

エルワ川のダム撤去開始から1ヶ月

9月19日から開始されたエルワ川の二つのダム、エルワダムとグラインズキャニオンダムの撤去開始からほぼ1ヶ月が経過しました。その間の経過をまとめてみました。たった、1ヶ月で壊せるなんて。経験の違いはあれ、荒瀬ダムの撤去においても学ぶべきところは多いように思います。

one撤去前のダム

20110914 Gcdam20110914_2

twoエルワダム

20110926 19日の撤去開始から1週間目の26日には右岸のスピルウェイの上部が除去され、ダム湖の水が流れ出しました。(※関連動画

20110929 9月29日左岸も撤去され始めました。

Photo_2  ある程度壊された左岸のスピルウェイ部分はさらに発破により除去されます。制御発破の動画はこちらから

2011101710月17日導水管から上の部分は殆ど撤去されてしまいました。

20111019 10月19日、水の流れは左岸に変わり、右岸部分は塞がれてしまいました(※関連動画)。上流部のフェンスも取り除かれてしまうため、ダム湖の一般の利用も禁止されます。今後11月からは、サーモン等への影響に配慮して川の部分での作業は中止し、導水管や発電所関連部分の撤去に入る予定です。

threeダム湖(Lake Adwell)の変化

Adwell20111009 Adwell20111020

10月9日(左)と10月20日(右)です。

fourグラインズキャニオンダム

Gcdam20110915_2 Photo_2 10月15日、撤去開始。上部から重機を使って撤去していきます。

Gcdam20111004 10月4日、ダム湖から水が滝のように流れ始めました。

Photo 上からの写真です。

20111014 ダム本体を撤去している人(重機の操作をしている人)の目線から下流をみたら、こういう景観が見えるようです(すごいですね)。10月14日撮影。

Gcdam20111020_3 Lake_mill_b_20111020 10月20日の前から見たところと横から見たところです。(※関連動画

fiveミル湖(Lake Mill)の変化

Lake_mill20111001 Lake_mill20111020

10月1日(左)と10月20日のミル湖(グラインズキャニオンのダム湖)の変化です。

※毎日のエルワダムグラインズキャニオンダムの様子はWEBページにもアップしています。

※関連ページAmerican rivers:Progress report: Elwha River dam removal   

|

2011年10月17日 (月)

球磨川の瀬-坂本町“下代の瀬”

“下代の瀬”は八代から球磨川沿いに219号線を南下すると、坂本町中心部に渡る「中谷橋」の下流にあります。ここは、荒瀬ダムがゲート全開する前からあった瀬で、ここより下流は要は遺跡の湛水域になります。

“下代の瀬」の意味は、「舟で八代に下る時は、第一の瀬といふ意味らしい」と「郷土読本(昭和7年下松球磨尋常小学校編)に説明されているようです。つまり、球磨川の舟運開通以前は人吉からは山越えをして、坂本に入り、この瀬のすぐ上流からを利用して八代に下っていたようです。

P1040186 広い河原の右岸側(左手)に下代の瀬が見えます。手前の護岸に、「鉄奨附岩(かねつけ岩)」の一部が見えます。戦国時代に背後にある瀬高城が落城した時に城方の女性(歯に鉄奨を付けた既婚者)がここから球磨川に身を投げたといういわれがあります。

P1040188s

P1040192s アユの良い産卵場であり、漁場となっており、季節にはアユ掛けをする人の姿がよく見られます。この日も3~4名の釣り人の姿が見えました。

P1040035 河原には簡単なテントが3張りはってありました。夜間にがっくり掛けをする漁師さんの休憩用のテントです。

P1040043s 主流と河原を挟んだ反対側にも小さな流れがあります。水はとても澄みきって、足をつけるとこの季節冷たいけれど、気分爽快です。お弁当を持って、1日過ごせば、日々の疲れもぶっ飛びそうです。

P1040039 河原からみた鉄奨附岩です。下からみると、鉄奨を付け、足を縛って身を投げたという女性たちの悲しい話も、遠い昔ではなく、自分が生きている時代の記憶であるかのごとく思わせるような雰囲気があります。「球磨川物語」(花岡伊之作著)にはこのように記述されています。

ー坂本の西十町 求麻川の左岸に瀬高と言ふ山間の一小部落がある。此部落に瀬高の城があった天正年間大友氏があ 古麓の城主相良氏を破り瀬高の城に殺到した 突然の事とて婦人は逃げる隙がない 一同死出の嗜みに 鉄奨黒々と歯に染めて 求麻川左岸に 斗立する岸頭より碧き深淵に身を躍らせて死んだ 此事実にあやかりて 由来鉄奨付け岩と呼んでいるー

碧き深淵も想像に難くなく、今なお誇れる球磨川の名勝の一つです。

球磨川の良さを改めて認識できる場所の一つです。

|

2011年10月13日 (木)

荒瀬ダムが見える道の駅「坂本」

house道の駅 坂本

八代市坂本町内、国道219号線沿いにあり、荒瀬ダムの下流約500m程のところにある道の駅「坂本」は、球磨川の流れを楽しめることもあって、坂本を訪れる人たちの休憩所としてだけではなく、地元の方の日常の買い物の場所、憩いの場所ともなっているようです。P1040090

道の駅「阪本」です。道の駅の場所や営業時間については、こちらをご参照下さい。

P1020533 対岸から見た道の駅です。桜の季節には、訪問者は更に多く、桜の下でお弁当を広げる人たちの姿も見られます。

P1040103 道の駅横からは、荒瀬ダムの全景を見ることができます。ダム撤去が開始されるまでには、ここから、ダムまでの間に撤去を見学できる展望所も建設予定です。

P1040102 野菜や花の苗も売られていました。この日は10個で350円とお値段は安かったですが、そんなにいらないので・・・。数個でも買えるのかもしれません。

P1040200 道路に面した入口前では季節の花の苗や鉢がたくさん並んでいました。つい買いたくなるようなカラフルな陳列に予定もなかったのに、2鉢もとめてしまいました。今まで八代中心部に買いに行っていましたが、こちらにくる機会も多いので、こちらに来る楽しみがまた増えたようです。

P1040091_2

P1040092 道の駅館内です。地元内外の農産物や土産物が売られています。

P1040094 地元の方が作られた「かずら豆腐」です。普通の豆腐より硬く、つた(かずら)で結んで運べることからかずら豆腐といい、昔は一般家庭でも作られていたようですが、今では地元のグループ鮎帰会が作っているだけのようです。詳しくは鮎帰会のブログ「かずら豆腐を皆様へ」のHPを訪問下さい。切って、そのままお酒のおつまみに最高ですが、いろんな料理法があるようです。

P1040096 球磨川や川辺川のアユが入った八代の「鬼坂」の竹輪やかまぼこです。アユだけでなく柚子味などもありますが、とてもおいしいです。なお、竹輪の売上の一部は、球磨川・川辺川を守る運動をしている団体に寄付されています。

Mitikusa 球磨川を見ながら食べたくなる民宿「森屋」さんの「里のみち草弁当」。季節限定、土日販売で道の駅で販売されています。しかも、早めに売り切れてしまうので、確実に欲しい方、販売日以外に欲しい方は「森屋」さんへ。他のお弁当やパンなども販売されています。また、ここのソフトクリームもお薦めです。

P1110447 何と言っても、ここでの楽しみは、来年の4月から始まる荒瀬ダムの撤去の様子や、その間やその後の球磨川の変化が一望できることです。ここは、ダムが建設される前はその名の通りの荒瀬があり、アユの村一番の漁場になっていました。

ダム撤去がアユや地元の再生につながるのではないかという希望が見える場所になっています。

P1040106 この日は、地元の子供が掛け声をかけながらブランコで遊んでいました。「さかもと!さかもと!さかもと!」と坂本の名前だけを繰り返しながら、楽しんでいるその姿にも、坂本の明るい未来が見えたような気がしました。

|

2011年10月10日 (月)

球磨川河口干潟のハクセンシオマネキ 勢力拡大

cancer南川河口の干潟変化

球磨川河口の干潟といっても、球磨川が球磨川、前川、南川と分流して不知火海に注いでいるために、とても広い範囲に干潟が及んでいます。10月9日は南川の干潟に行ってみました。この前、ちょっとみたらハクセンシオマネキの生息域やヨシ原の拡大、また砂利が増えるなど干潟の形状が変わっていましたので、きちんと確認するためです。

Photo

写真は干潟の一部分です。およそ、人が長靴で入れる部分の半分程度です。半年程前と大きく変わっていました。

・干潟の奥に見える白い部分は、以前はコメツキガニが優先していましたが、今は砂利層になっていて、厚みもかなりあります。

・その下の黒っぽい部分は、ヤマトオサガニの生息域でしたが、今は半分ぐらいをコメツキガニが占めています。

その他にも

・以前、シオマネキが生息していた泥干潟の部分の半分はヨシ原が侵入し、残りの半分は殆どハクセンシオマネキが優先し、シオマネキの数が格段に減った。

・護岸近くの泥っぽいところは、フトヘナタリが優先していたが、3分の2近くがコメツキガニの生息域に変わっている。

ここは、10年近く毎年見ているところです。ここ1年の変化は劇的で、荒瀬ダムゲート全開以外の理由は考えられません。

P1030907 ↑遠くてはっきりしませんが、オオセグロカモメでしょうか?干潟では大きな群れが休憩中でした。

P1030840vs P1030841vs

↑体格が全く違うにも関わらず、シオマネキ(左)に果敢に挑むハクセンシオマネキ(右)。間合いを測るように距離をおき、ハサミを素早く出す・・その様子はフェンシングの試合のようです。

干潟のあちこちでハクセンシオマネキとシオマネキの生息場所が重なっているところが見られます。以前は住み分けがはっきりしていました。結構あちこちで、縄張りをめぐるぶつかりが見られました。しかし、体の大きさでは勝っているシオマネキですが、自然の変化は現時点では、ハクセンシオマネキにとって有利です。

P1030913 ↑おびただしい数のハクセンシオマネキ。数万単位で生息していると思いますが、一度きちんとカウントしてみたいと思います。

P1030958↑広がるヨシ原。マングローブ(右)の付近から先は泥干潟でした。左手の植物はハマサジです。

P1030792

←ハマサジの花。海岸に特有の植物です。マングローブは、生き物の生息環境創出のためと称して、過去人の手で植えられたものです。日本の生態系を無視したこういう手法は考えものです。

P1030888←以前はフトヘナタリ、ヤマトオサガニが優先していましたが、ここもハクセンシオマネキに乗っ取られてしまいました。P1030799 (↑フトヘナタリの顔)

P1030898 ↑以前はヤマトオサガニやコメツキガニの生息域であった泥質や砂質の部分に、出現した砂利の堆積で、かなりな広さがあります。ヨシも侵入し始めています。

P1030742 P1030998

↑しかし、まだトビハゼ(左)もムツゴロウ(右)も健在です。

自然に形成される干潟には、泥っぽい部分から砂泥質、砂質、砂利など多様な環境が混在するものと思われますので、ムツゴロウやヤマトオサガニの生息環境がなくなるとは思えませんので、健全な形に移行していくものとは思っています。事実、この地区のムツゴロウはダム建設前も確認できていたところで、その後消失し、10年ほど前からまた確認できるようになっていたところです。

しかし、荒瀬ダムの撤去が干潟にどのような変化をもたらすのか、今後も注意深く観察していきたいと思っています。

| | コメント (1)

2011年10月 6日 (木)

ゲート全開後2年目の河原の植物

  荒瀬ダムのゲート全開後、1年半が過ぎました。2度目の夏も過ぎ、肌寒くなってきた10月2日、西鎌瀬の河原の植物を調べてみました。ここは、ダムがゲートを全開して、河原の上流には瀬も復活しているところです。

clubゲート全開前と現在の景観の違い

( ↓ ゲート全開前の満水時)

R21l220328s

(↓ゲート全開後1年半)

P1030521s 

club大幅に種類が増えていた河原

去年の夏と比べて、植物の種類数は大幅に増えていました。気がついた主な変化をまとめてみました。

one観察できた草本は約52種。去年はヤナギタデが優先していた斜面部分はオオブタクサやヨモギ、オオケタデ、オオオナモミなどで占められ、ヤナギタデはかなり減少しています。

P1070604s (↑去年8月末)

P1030359s

(↑H23年10月2日)

twoアカメガシワやヤナギ(オオタチヤナギと思われる)、ホソバイヌビワなど5種類の樹木の幼木が侵入していた。去年は全く観察できなかったものです。

P1030238 P1030305s_2

↑アカメガシワ              ↑ヤナギの仲間

(↓優先している植物種)

P1030345sP1030356sP1030330sP1030171

P1030179_2 P1030145_2

↑(写真左上から右に)オオケタデ、ブタクサ、ヨモギ、オオオナモミ、カナムグラ、ソナレムグラ)もともと、ソナレムグラは球磨川の河口域でしか見られなかったものですが、護岸の緑化のため植栽され流域に広がったと言われています。

three石河原の部分は、去年はハマスゲがところどころに見られたが今年は河原には殆ど見られなかった。ツルヨシが根茎を伸ばしつつある。

P1030174 P1030352s

(↑ハマスゲ、ツルヨシ)    

fourその他、多く観察された種

P1030136P1030432_1sP1030329P1030622 

P1030276s

P1030154_2

P1030421

P1030380s

(↑アメリカセンダングサ、ジュズダマ、イヌビユ、ヤナギタデ、センナリホウズキ、エノキグサ、ノゲイトウ、トダシバ)

その他、オヒシバ、メヒシバ、カヤツリグサ、マルバツユクサ、カラムシなども多く見られました)

five1~2株のみ確認できた種

P1030267_3s P1030325_2s P1030403_6s

(↑ラセンソウ、マメアサガオ、マルバルコウ)

確認できたのは、草本が52種と樹木5種です。草本のうち、外来種と在来種の割合は種数にして、半々ですが、多くの面積を占めているのは外来種です。ツユクサの仲間もツユクサとマルバツユクサの2種がありましたが、ツユクサは一株のみでした。また、去年観察できたカワラケツメイは今年は確認できませんでした。また、他の護岸では多く見られたヒメムカシヨモギはここでは見られませんでした。

今後ダムが撤去されることによって、種の構成がどのように変化していくかは不明ですが、注意深く見ていきたいと思います。

関連記事:ゲート全開4ヶ月後の河原の植物

|

2011年10月 2日 (日)

新鮮な地元野菜の直売所。坂本町のきっちんはうす

clover“きっちんはうす”

P1030116s 坂本町破木にある“きっちんはうす”は、地元で採れた新鮮な野菜を格安のお値段で提供している直売所です。

Photo 場所は八代から球磨川沿いに向かう国道219号線を南に下り、荒瀬ダムを通り過ぎ、赤い葉木橋の下をくぐり抜けると、すぐ百済木川に架かる破木橋にでます。その手前を右折すると、約500程先の右手にあります。国道から、それたところにあるにも関わらず、八代の人たちにも結構名前が知られています。地元で育てた新鮮で安い野菜とぼたもちで有名です。

住所:八代市 坂本町 川嶽 762-1. TEL 0965- 45-8185

P1030110s

P1030109s P1030663s いつも、夕方の閉店間際に行くことが多いため、殆ど売り切れでした。今日は、午後の早い時間に寄りました。なんとかセーフです。じゃがいも、さつまいも、ピーマン、ナス、ネギなど季節の野菜が並んでいます。

←ニガウリ4個入一袋とミョウガ一袋をゲット。どちらも100円でした。

P1030104s 

P1030456s_2何と言っても、このお店で有名なのがさつまいもで作った餅にきなこをまぶした“ぼたもち”です。冷えても固くなりません。この日は今年初めての販売といういうことで、早速いただいて帰りました。すぐ売り切れてしまうので、予約しないと、購入することができない場合もあるようです。

P1030114s “きっちんはうす”の前を流れるのは球磨川の支流百済木川です。荒瀬ダムのゲートが閉まっている時は、ここまでダム湖の湛水域に入るため、ヘドロが堆積し、本当に汚い川でした。それが今は水位が下がり、そのまま飲めそうに透明度が高い綺麗な水が流れています。夏には小さな子供も安心して遊べそうです。坂本町に今魅力的な場所が、どんどん増えていることを行く度に実感させられます。

|

«球磨川の干潟一面覆う泥