2012年4月 7日 (土)

桜満開の下、多くの人が集った”荒瀬で遊ぼう”

  3月31日と4月1日の両日に亘って開催された荒瀬ダム撤去記念イベント”荒瀬で遊ぼう”が終わりました。スタッフの一人として参加しましたので、後整理でブログに報告する時間もなく1週間が過ぎました。

舟出浮き、自然保護セミナー、前夜祭、河童レース、カヌー遊びと盛り沢山の内容に、どれも参加者が多く、1日は道の駅に1200人ほどの人が集まりました。写真で紹介したいのですが、写真を撮る暇もなく、大した写真はありませんので、他の方のブログも合わせて、紹介したいと思います。

heart自然保護セミナー

Nec_0179s 31日坂本中央公民館で開催された自然保護セミナー「球磨川の再生を考える」は、高橋勇夫先生の「球磨川と鮎の再生を考える」は、天然鮎を取り戻す試みに関する他漁協の事例などの紹介だけでなく、球磨川において鮎を再生させるための示唆に富んだお話で、大変有意義な学習会になりました。また、自然保護協会の大野正人さん(保護プロジェクト部長)からも「荒瀬ダム撤去と生物多様性の地域づくり」について話題提供をいただきました。遠くからの参加や、地元球磨川漁協の方たちの参加もあり、質疑応答では熱心な意見が出されました。

heart前夜祭

今日のご馳走はみんな地元の方による手作りです。猪汁、鮎の塩焼き、シカ刺身、シカ骨のスペアリブ、田楽、焼そば、カレー、食べきれないぐらいのメニューとなりました。

P1070798s 木村元坂本村村長さんの挨拶

P1070798ss 鮎の塩焼き

P1070804s シカ刺し

P1070820s 全国から来られた皆さんや地元の皆さんからの荒瀬ダム撤去や川に関する熱いスピーチが続きます。

P1070827s火を囲んだ団欒は、夜通し続いていました。

heart河童レース、その他

荒瀬ダムの堰堤より上流に1500匹の河童を投球し、ゲートをくぐらせて、道の駅までの約1kmほどの距離を河童が競うというイベントです。ゲートを河童がくぐるというのは、後にも先にもないことだと思います。この様子も残念なことに、忙しくて見ることが出来ませんでした。

晴れと桜とイベントの相乗効果で参加者が予想以外の人数で、準備した飲食ブースは早い段階で売り切れで、参加者には申し訳けなかったです。P1070835s 開会式。荒瀬ダム撤去を祝うスピーチやメッセージが披露されました。

P1070839s  河童のスタートを待つ参加者。でも、ここからは遠くて見えませんでした。

29dp9989s 猪の丸焼き(写真提供:作田和秋様)。会場では猪の丸焼き実演、みんなに振舞われました。

P1070841s 河童が張られたロープに誘導されて、順番に到着します。しかし、多くの河童は、下流からの風に煽られてなかなか辿り着くことが出来ませんでした。

Nec_0205s表彰式。午後からの表彰式は、賞品盛り沢山で、思わぬ時間がかかってしまいました。一位、二位はパタゴニアさん提供の高額ジャケットだったのですが、なんと広島から参加された方の河童が2着ともさらっていきました。尺鮎引換券、球磨川のアオノリ、素敵なバッグホルダーなど、10枚には1枚の確率だったようです。

※入賞した河童の番号は、こちらから。参加券を買って参加されてない方は、お手元の参加券をご確認ください。

Nec_0209s 八代市長も駆けつけて、スピーチ。ダム撤去を公約に当選した市長だけに嬉しそうです。

heartカヌー遊び

Photo カヌースタッフとして参加してくれた㈱ハッピーサプライズさんのHPに楽しそうな写真がいっぱいアップされていますので、ご訪問ください。小さな子供さんでも楽しめるように準備、対応して下さったカヌーの皆様、ありがとうございました。

heartその他、荒瀬で遊ぼうに関するWEB紹介

①動画

自然保護セミナー1(講演:自然保護協会)

自然保護セミナー2(講演:高橋勇夫―球磨川と鮎の再生を考える)

自然保護セミナー3(質疑応答)

前夜祭及び4月1日イベント

ブログ「石木川守り隊」 荒瀬ダム撤去~前夜祭~

やまばば日記「月夜の散歩」 荒瀬で遊びました

「荒瀬せ遊ぼう」公式HP

・・・全国から集まってくれた皆様、スタッフとしてお手伝い下さった皆様、ありがとうございました。

|

2012年3月 2日 (金)

荒瀬ダム撤去記念イベント“荒瀬で遊ぼう”開催予定

heart荒瀬ダムの撤去、いよいよ来年度から工事開始

平成14年に撤去が決定し、紆余曲折あったものの、水利権が失効し、ゲートが全開されてから2年が経過し、平成24年度から撤去工事が開始予定です。振り返ってみれば10年とはあっという間にも思えますが、本当に今か今かと待っていた撤去開始は、住民にどれほどの喜びをもたらしていることでしょう。

撤去工事が始まる前にと、3月31日、4月の1日は、ゲート全開により流れが蘇った荒瀬ダム下流の球磨川において、撤去記念イベントが開催予定です。

heart撤去開始イベント荒瀬で遊ぼう (内容詳細はこちら

Photo_2

 ※会場までの地図、アクセス、河童レースの賞品などについてはこちら

heart盛り沢山の内容。是非ご参加下さい

one31日 午前10時 舟出浮きPhoto_3

舟出浮きとは、漁師さんの舟で沖に出て、定置網の漁場・漁を見学、捕獲された新鮮な魚介類を沖合の無人島で料理していただくという観光漁業です。昔大名遊びとして始まったものが現在まで引き継がれてきたものです。普段は舟一艘を出してもらうためにはグループでないと難しいのですが、今回は1名からでも申し込めます(最低実施人数は6名です)。この機会にご家族やお友達をお誘いご参加下さい。

◆料金:5000円(お一人)※飲み物は持ち込みになります。

◆出発時間:午前10時 出発は球磨川河口右岸にある鼠蔵の漁協です。各自お集まり下さい。(事前の申込みが必要です)

two31日 午後3時 自然保護セミナー「球磨川の再生を考える」Photo_4

◆時間:3月31日(土)午後3時

◆会場:坂本中央公民館(坂本駅前)

◆講師:高橋勇夫さん(たかはし河川生物調査研究所)

three31日 前夜祭

地元有志の方による、地元産の食材をふんだんに使った手料理で、みんなで荒瀬ダム撤去を祝います。参加費は皆様の御志して結構ですが、持ち込みも大歓迎です。Photo_5

four4月1日 午前10時 河童レース

Photo_6

 ※参加券が必要です。購入方法はこちら

five4月1日 午後2時① エコツアーPhoto_7

six4月2日 午後2時② カヌー遊びPhoto_8

eight4月2日 午後2時③ 釣り・石切り等川遊び

Photo_9

nineその他、詳細については下記をご参照下さい

荒瀬で遊ぼうホームページ

H23年“荒瀬で遊ぼう”の様子

荒瀬で遊ぼう twitter

|

2012年2月 3日 (金)

「荒瀬ダム」感謝の会 開催

2月3日、熊本県主催の「荒瀬ダム感謝の会」が開催

今春から撤去工事が開始されるのを前に、熊本県が「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と感謝の会を開催しました。内容は、建設時の事故による犠牲者への献花、地域代表者に対する感謝状の交付、知事や八代市長による挨拶などです。

55年ダムにより苦労の歴史を強いられてきた住民からすれば、撤去を祝う会を欲したこともあり、この会に参加するかどうか思案した方もおられたようですが、そこは一つの区切りとして参加したというのが、素直な気持ちだと思います。

前日の昼間から雪が降り、真っ白な雪化粧の中、式典は行われました。

one雪の中の荒瀬ダム

P1060353s上流からみた荒瀬ダムです。今日は、まず、このダムの左岸にある慰霊碑の前で、建設当時、事故等で犠牲になった工事関係者に対して献花が行われる予定です。

P1060351ss 荒瀬ダム傍にある荒瀬ダムの管理棟の壁には「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と書いた大きな横断幕が張ってありました。事業者にしてみたら、当然の気持ちを書いてあるのでしょうが、地元住民の目線ではないようにも感じます。

P1060370s 会場の道の駅坂本から見た荒瀬ダムです。雪の中で物言えないダムを見ていると、撤去を待ち望んでいる気持ちは間違いなくても、やはり、「お疲れ様でした」と声をかけたくなりました。

P1060380s 会場である大きなテントも、雪にすっぽり覆われています。午前10時間からの開始予定ですが、この雪のため、熊本県知事など参列者の到着も遅れているようです。

two式典の前に

P1060411s 式典が始まる前の5分程度、蒲島知事は道の駅の中で、これまで撤去運動を続けて来られた住民の方と面談の時間を取られ、「今まで、迷惑をかけてすみませんでした」という趣旨の発言をされたようです。

three式典

P1060418s まず、蒲島知事からの挨拶で始まります。延80万人という人が工事に関わったこと、12名の方が犠牲になったこと、荒瀬ダムが果たした役割、荒瀬ダムの記憶を忘れないでほしい、と荒瀬ダムに対する感謝の辞が述べられました。

その後、国会議員、県会議員、市会議員、八代市長など主な招待参列者の紹介がありました。その他、この日の招待参加者は、企業局OBや荒瀬ダム地域対策協議会委員の皆様方です。

P1060438s 八代市長の挨拶です。「ゲートが全開されて、水が本当にきれいになりました」で始まった八代市長は、荒瀬ダムが県内で果たした役割を評価しながらも、地区住民には水害や振動被害などの苦難、またアユの激減を招いたこと、住民の反対運動の末、平成14年に潮谷前知事が撤去を決定し、蒲島知事の時代になって撤去工事開始までこぎつけた運動の歴史などを踏まえながら、挨拶をされました。市民の苦悩をきちんと受け止めた発言に、住民からは拍手がありました。

P1060443s 校区会会長、地域振興会会長など、住民代表への感謝状の授与です。これには、一般参加していた地域の住民からは、「顔も知らん、見たこともない人も多いのに、何で住民代表なのか」「ダムにどんな貢献したのか知らん」という声があちこちから聞こえてきました。確かに、荒瀬ダムに感謝の会であれば、ダム建設に積極的に尽力されたとか、ダム撤去運動を引っ張ってきた方たちに、立場の違いはあれ、ダムの歴史に大きな影響を与えた方たちにこそ、感謝状を送ってしかるべきだという思いがしました。現在、荒瀬ダムの評価がどうであれ、建設当時はバラ色のダム計画として、地元も期待しており、そのために奔走された方の苦労を否定する人はいないのではないかと思われます。

P1060428s テントの周りは、大勢の取材陣で取り囲まれていました。日本初のダム撤去、今後はますます全国の注目を浴び、現地を訪れる報道関係者も増えていくのだと思われます。

P1060450s 終了後、地元の新聞の取材を受ける住民Hさん。これまで住民運動の代表として表に立ってこられました。また、Hさん以外にも、ダム撤去運動の原動力になった旧坂本村村長さんや漁業の反対運動を引っ張ってこられたKさんなども参列しておられましたが、「荒瀬ダム、55年間ありがとう」と書く主催者企業局からすると、彼らは感謝の対象から外れるのも仕方がないことだと思ったりしました。

four参加者の感想

終了後、参加していた一般の住民の皆様の感想を聞いてみました。当然とは言え、荒瀬ダムに感謝の言葉は聞かれないものの、「やはり一区切りには間違いない。知事も本当にほっとされた顔をされていた」「しかし、今からが始まり。みんな一区切りで終わったと思ってほしくない」。一番多かったのは、やはり、住民代表とされた地区代表への感謝状授与への不満です。

ある参加者は、「知事選を前にした知事のパフォーマンス」ときっぱり。それと言うのも、やはり、この住民代表への感謝状授与にあるようです。「招待したのが、議員や企業局OB,地元代表とされる町内会長など、選挙に役立つ人ばかり」「代表の80%は、これまで、推進反対関係なく、ダムに対する発言も行動も何もなかった人。ダム問題では顔も見たことがない。こういう人に感謝状を送るのは、選挙があるから。それ以外理由がない」と。

蒲島知事の意図がそこになかったにせよ、感謝状はダムで苦労して来た人ー作るのに苦労した人であれば、それはそれで納得する、という彼の言葉は説得力がありました。

これは、知事も企業局も、今後の撤去工事をスムーズに進めるためにも、少し配慮があれば、「荒瀬ダムのこれまでに感謝する会」として相応しい式典になっただろうという思いがしました。

ともあれ、一つの区切りとなった1日でした。

|

2011年12月29日 (木)

ダム撤去工事により川に戻りつつあるエルワ川(アメリカ)

アメリカのエルワ川において、今年の9月に開始された二つのダム撤去開始から3ヶ月が過ぎました。エルワダムとグラインズキャニオンダムのダム本体は半分程が撤去され、上流の堆積物もかなり下流に流されました。その現在の様子を12月25日のシアトル・タイムズが記事にしていますので、紹介したいと思います。

20111228 ↑撤去開始から3ヶ月が過ぎた現在のエルワダム

   ※撤去の経過については、こちらをご参照下さい。

川に戻りつつあるエルワ川(シアトルタイムズ記事)

Lake Aldwell Reservoir starting to resemble a river from dam removal work on the Elwha River system

Photo (↑アドウェル湖)

オリンピック半島の上の東フアンデフカ海峡に注ぐエルワ川にある2つのダムの撤去について、エルワクララム族からニュースがアップされていた。

アドウェルダム湖は、再び川に戻りつつある。しかし、これは魚の遡上を妨げていた二つのダムの撤去が9月に始まってから、エルワクララム族が、大きな期待を持って見てきた、エルワ川の変化の一つにしか過ぎない。

11月1日までに、高さ108フィートのエルワダムは48フィート、高さ210フィートのグラインズキャニオンダムは32フィートの高さまで撤去された。

ダム湖からの水は、ダム下流とダム湖の水文地質を変えながら、撤去中のダムから溢れ出している。ダム撤去が始まる前には、自由に水が流れているのは、ほんの5マイルだけであった。

「エルワダムは約40%が壊され、背後のアドウェル湖は、もうダム湖ではありません」とクララム族の生息地プログラムマネージャのマイク・マックヘンリー氏は話す。
「川のようになりつつある。南端のデルタは更に露出し、堆積物は下流に流されています。」と。

更に、作業員は、100年間存在していた残骸ををアドウェル湖から取り除き、ボートがダムに近づかないように設置されていた防止柵も取り除かれた。流木は、川の下流の鮭の生息場所に役にたつであろうという理由で、下流に流されてきた。

「11月末に大きな降雨があったので、川のある地点においては、10,000立方フィート/秒の流量があり、それがタイナミックな変化をもたらしたのです」とマクヘンリー氏は語る。

クララム族は、河口近くでは、干潟に良質な砂の堆積がわずかながら増えているのに気が付いている。クララム族の環境コーディネイターのマット・ビーネ氏は「河口から海峡に吐き出される良質の堆積は、撤去工事中と比較してずっと顕著で、その形状も一日のうちに変わります」という。

「私達は、干潟に重要な土砂の堆積はまだ確認してないけれども、小さな粒子により濁りの程度が高くなっているのに気が付きます。」「ダムの撤去は、予定より進んでいるようであるけれども、川により、より大きな流れが発生するまで、干潟に重要な土砂堆積を見ることが出来るとは思っていません。」とのことである。

約100年の間、魚は 魚道のない二つのダムによって、上流に遡上することができなかった。

2000万立方ヤードを超える沈殿物がダムの背後に堆積したが、その殆どは、今後下流に流されて、河床に変化を与えることになると思われる。

二つのダムは連邦政府によって所有されており、オリンピック国立公園は撤去の先頭に立っている。

3億5000万ドルと見積もられているダムの撤去ととエルワ川の生態系復元プロジェクトは、米国における過去最大のダム撤去プロジェクトである。プロジェクトは、2013年までに終了予定。

=======

エルワ川で起こっている河川や河口の変化は、荒瀬ダムのゲート全開により現在起こっている球磨川や河口干潟の変化とほぼ同じようなもののように思えます。ただ、エルワ川は二つのダムを、川の再生のために撤去するのに対し、球磨川は荒瀬ダム撤去そのものが目的になっており、上流には瀬戸石ダム、下流には遥拝堰を抱えていることから、今後の川の再生においては、双方に違いが出てくるように思います。

日本発のダム撤去が、川の再生にどのような影響を与えるのかを考える上において、今後共日米の二つの川に注目していきたいと考えています。

|

2011年12月 5日 (月)

荒瀬ダム撤去の許可申請許可証、交付される

apple12月5日、待ちに待った撤去許可書交付

知事が撤去を表明し、撤去に向かって準備が進められていたものの、地元にしてみればなかなか安心できないのが事実です。今日、9月に申請を出していた撤去許可申請に対し、国から許可証が交付され地元はホッとしています。

Kabasima_2 今日の県議会冒頭に、来年4月に予定されている知事選挙への出馬の意向を問われ、知事は出馬の意向を表明しました。荒瀬ダムの撤去決定に至る経過には、潮谷前知事が決定した撤去を翻し、その後水利権更新が困難となり撤去決定を行うなど、二転三転あったものの、続投して、責任持って撤去工事を進めてほしいというのが、地元の正直な気持ちだと思います。

自民党の村上寅美県議からは、「12月県議会に提案されている、来年度の撤去予算一七億円を認めれば、国からの補助がでなくなり、県民の理解が得られないのでは」旨の質問がありました。蒲島知事は、「今後も国への要望、コスト削減、企業局の運営努力を行う。また環境省の交付制度の利用も期待している」と撤去費用削減に努めると説明しました。

一昨日3日に開催された県と県選出国会議員の意見交換会において、民主党の松野頼久衆議院議員も、荒瀬ダム撤去費用について「荒瀬ダムは環境省の事業として、自然回復型の公共事業として確保したい」と述べています。

ともかくも、日本初のダム撤去に向けてまた大きく一歩前進しました。

■■NHKニュースから■■

荒瀬ダム撤去 正式に決定

八代市にある県営荒瀬ダムについて国は5日、熊本県に対してダムの撤去工事を許可する許可書を交付し、既存のダムとしては全国で初めて撤去されることが正式に決まりました。
八代市にある県営荒瀬ダムは熊本県が昭和29年に一級河川の球磨川に建設した水力発電専用のダムです。
その後、ダムは老朽化し、平成14年に県はダムによって流域の環境が悪化しているという地元の声を受けていったんダムの撤去を決めましたが、平成20年には財政難から撤去計画を凍結していました。
しかし、撤去凍結に対する地元の反発や、川の水を使う権利「水利権」の更新に地元漁協の同意が得られなかったことから、去年2月、再び県はダムの撤去を発表し、ことし9月に河川管理者の国に撤去工事の許可を求めて申請書を提出していました。
国は今月2日付けでダムの撤去工事を許可することを決め、5日、国土交通省の八代河川国道事務所で熊本県に許可書が交付されました。
これで荒瀬ダムは既存のダムとしては全国で初めて撤去されることが正式に決まりました。
県では来年度から6年かけて荒瀬ダムの撤去工事を行うことにしています。
国から荒瀬ダムの撤去工事の許可が下りたことについて、蒲島知事は「国をはじめ関係者に感謝を申し上げる。地元や県民との約束である来年度からの荒瀬ダム撤去に向け準備を進めていきたい」というコメントを発表しました。

12月05日 18時28分

|

2011年11月10日 (木)

球磨川のアユの1年と放流事業

球磨川は尺鮎で知られた1級河川です。昔は本当に沢山のアユがいたようです。春になると川を真っ黒に染めて遡上してくる稚鮎の群れは今も流域の人の心の中に刻み込まれているようです。ダムが出来て、減少の一途をたどるアユを取り戻したいという強い思いも、川辺川ダム反対・荒瀬ダム撤去行動の大きな原動力でした。

今は、球磨川漁協の手による掬い上げ・放流・孵化事業等によって、天然アユは何とか守られています。今年の実績は天然遡上が約129万尾、人工孵化事業等合わせて合計約248万尾です。その事業についての紹介です。

P1040987s ①球磨川の河口から約5kmのところにある球磨川堰です。冬季を八代海で過ごした稚鮎は春3月頃に遡上してきます。この球磨川の魚道を登ってきたところを捕獲して、放流しています。

P1020798s

P1030455s②魚道を登ってきた鮎は、左にあるプールに誘導されます。掬い上げ事業は3月の中旬頃から5月の中旬頃まで行われます。この頃のアユの大きさは、一番子で8cm前後、大きいのは9~10cm程、二番子、三番子と小さくなり、3~5cm程です。この一番子が尺鮎まで育つといいます。

P1030516s ③プールに張ったネットをたぐり寄せて、稚鮎を網で掬います。

P1030519

P1000320s ④バケツリレーで、待機しているトラックの水槽に移します。このトラックで、流域の30数カ所の放流場所に運びます。迅速に放流する必要があるので、鮎に最大の配慮もしながら、トラックのスピードはかなり早いようです。

Dscf1531s ⑤トラックからホースで川に放流します。時には、地元の子供達対象にした放流体験イベントなども実施しています。

P1060952s 

2003_05290018 ⑥6月の解禁を過ぎると、あちこちで鮎掛をする人たちの姿を見ることができます。また、全国からも尺鮎狙って多くの太公望が集まります。

P1020317s⑦7月初旬頃のアユです。大きいものはすでに20cm程に成長しています。

S ⑧海から遡上してくるだけの鮎では足りないので、人工孵化作業も行なっています。秋になると、木枠の箱(写真)にシュロの葉を引いて、その上で受精させた卵が発眼するのを待ちます。

P1050087s ⑨2週間ぐらいで発眼しますので、その前に、河口の球磨川堰に移動させ、そこで孵化を待ちます。付加した仔魚は魚道を下って、不知火海にたどり着きます。生まれたばかりの仔魚は遊泳能力はないために川の流れ任せです。

Photo_2 ⑩落鮎時の婚姻色が出たアユでサビアユと呼ばれます(上メス、下オス)。22~23cmから27~28cmという大きさに成長します。30cmを超えるアユの体型は、サバに近い感じです。産卵を終えると、一年という短いアユの一生は終わりになります。

P1040300s_2

Photo  ⑪産卵の季節は、落鮎漁の時期でもあるため、下流では投網や刺し網をする漁師さんの姿を見ることができます。八代の投網漁師の中でも、海でも投網をしている千反の漁師さんの投げ方は、舟の上から5~6mの海の底で開くように投げるという投げ方で、とても豪快です。

漁協の努力にも関わらず年々鮎は今も減り続けています。荒瀬ダムの撤去で瀬や淵が再生され漁場は増えるかもしれませんが10km上流にある瀬戸石ダムにより鮎は遡上できず、また鮎が産卵のため下降できないという現状は変わりません。球磨川漁協は平成26年の瀬戸石ダム水利権の期限が切れるため、水利権の更新に反対を表明しています。

荒瀬ダム撤去を実現した流域住民からも、瀬戸石ダム撤去を求める声がでるのは当然の成り行きだと思います。住民にとって荒瀬ダム撤去は目的ではなく、球磨川再生の第一歩なのです。

|

2011年10月27日 (木)

コンジットダム撤去ーアメリカ、二番目に大きなダム撤去開始

アメリカはこの秋、本格的な大型ダムの撤去の時代に突入しました。9月中旬に撤去開始されたエルワ川の二つのダム撤去に続き、昨日10月26日はコンジットダムが撤去開始されました。

fishコンジットダムとは

Conditdam1 コロンビア川とホワイトサーモン川(流域面積は約1002km²)の合流点から5.3kmのところに1913年に建設された堤高約38m、堤幅約122mの発電ダムです。30㎞にも及ぶサケやスチールヘッド、ヤツメウナギなどの生息地や遡上を阻害しているとして、魚のために撤去される計画としてはアメリカで2番目に大きなダムです。ダムが建設される前は、サケの成魚は8000匹ほどいたといわれています。

⇒learn more about Condit Dam

fish撤去の方法

撤去の方法は、昨日下部を爆破によって穴をあけられることから始められました。約320キログラムのダイナマイトが今回使用されています。開けられた3.6×5.5mの穴からは、98年分の土砂が6時間で一気に放出されるといいます。

爆破されると濁水が一気に流れだし、水位も見る見る間に下がっていきます。支流にあるダムで下流に人家とかないにしても、ダイナミックな撤去方法にはびっくりです。

サケなどはあらかじめ捕獲され、上流に放流され、ダム湖の水位も下げられた上で行われています。

撤去費用は約25億円で、2012年8月に撤去完了予定です。

fish今後の予定

今冬は、撤去工事は行わず、サーモンの活動や堆積物が安定するのを待ち、来年の春に残りのダム本体を撤去する予定です。

この流域も昔はヤカマ族がサーモンを捕って暮らしていました。彼らもまた川が復活して、サーモンが戻ってくるのを楽しみにしています。

|

2011年10月21日 (金)

エルワ川のダム撤去開始から1ヶ月

9月19日から開始されたエルワ川の二つのダム、エルワダムとグラインズキャニオンダムの撤去開始からほぼ1ヶ月が経過しました。その間の経過をまとめてみました。たった、1ヶ月で壊せるなんて。経験の違いはあれ、荒瀬ダムの撤去においても学ぶべきところは多いように思います。

one撤去前のダム

20110914 Gcdam20110914_2

twoエルワダム

20110926 19日の撤去開始から1週間目の26日には右岸のスピルウェイの上部が除去され、ダム湖の水が流れ出しました。(※関連動画

20110929 9月29日左岸も撤去され始めました。

Photo_2  ある程度壊された左岸のスピルウェイ部分はさらに発破により除去されます。制御発破の動画はこちらから

2011101710月17日導水管から上の部分は殆ど撤去されてしまいました。

20111019 10月19日、水の流れは左岸に変わり、右岸部分は塞がれてしまいました(※関連動画)。上流部のフェンスも取り除かれてしまうため、ダム湖の一般の利用も禁止されます。今後11月からは、サーモン等への影響に配慮して川の部分での作業は中止し、導水管や発電所関連部分の撤去に入る予定です。

threeダム湖(Lake Adwell)の変化

Adwell20111009 Adwell20111020

10月9日(左)と10月20日(右)です。

fourグラインズキャニオンダム

Gcdam20110915_2 Photo_2 10月15日、撤去開始。上部から重機を使って撤去していきます。

Gcdam20111004 10月4日、ダム湖から水が滝のように流れ始めました。

Photo 上からの写真です。

20111014 ダム本体を撤去している人(重機の操作をしている人)の目線から下流をみたら、こういう景観が見えるようです(すごいですね)。10月14日撮影。

Gcdam20111020_3 Lake_mill_b_20111020 10月20日の前から見たところと横から見たところです。(※関連動画

fiveミル湖(Lake Mill)の変化

Lake_mill20111001 Lake_mill20111020

10月1日(左)と10月20日のミル湖(グラインズキャニオンのダム湖)の変化です。

※毎日のエルワダムグラインズキャニオンダムの様子はWEBページにもアップしています。

※関連ページAmerican rivers:Progress report: Elwha River dam removal   

|

2011年10月17日 (月)

球磨川の瀬-坂本町“下代の瀬”

“下代の瀬”は八代から球磨川沿いに219号線を南下すると、坂本町中心部に渡る「中谷橋」の下流にあります。ここは、荒瀬ダムがゲート全開する前からあった瀬で、ここより下流は要は遺跡の湛水域になります。

“下代の瀬」の意味は、「舟で八代に下る時は、第一の瀬といふ意味らしい」と「郷土読本(昭和7年下松球磨尋常小学校編)に説明されているようです。つまり、球磨川の舟運開通以前は人吉からは山越えをして、坂本に入り、この瀬のすぐ上流からを利用して八代に下っていたようです。

P1040186 広い河原の右岸側(左手)に下代の瀬が見えます。手前の護岸に、「鉄奨附岩(かねつけ岩)」の一部が見えます。戦国時代に背後にある瀬高城が落城した時に城方の女性(歯に鉄奨を付けた既婚者)がここから球磨川に身を投げたといういわれがあります。

P1040188s

P1040192s アユの良い産卵場であり、漁場となっており、季節にはアユ掛けをする人の姿がよく見られます。この日も3~4名の釣り人の姿が見えました。

P1040035 河原には簡単なテントが3張りはってありました。夜間にがっくり掛けをする漁師さんの休憩用のテントです。

P1040043s 主流と河原を挟んだ反対側にも小さな流れがあります。水はとても澄みきって、足をつけるとこの季節冷たいけれど、気分爽快です。お弁当を持って、1日過ごせば、日々の疲れもぶっ飛びそうです。

P1040039 河原からみた鉄奨附岩です。下からみると、鉄奨を付け、足を縛って身を投げたという女性たちの悲しい話も、遠い昔ではなく、自分が生きている時代の記憶であるかのごとく思わせるような雰囲気があります。「球磨川物語」(花岡伊之作著)にはこのように記述されています。

ー坂本の西十町 求麻川の左岸に瀬高と言ふ山間の一小部落がある。此部落に瀬高の城があった天正年間大友氏があ 古麓の城主相良氏を破り瀬高の城に殺到した 突然の事とて婦人は逃げる隙がない 一同死出の嗜みに 鉄奨黒々と歯に染めて 求麻川左岸に 斗立する岸頭より碧き深淵に身を躍らせて死んだ 此事実にあやかりて 由来鉄奨付け岩と呼んでいるー

碧き深淵も想像に難くなく、今なお誇れる球磨川の名勝の一つです。

球磨川の良さを改めて認識できる場所の一つです。

|

2011年10月13日 (木)

荒瀬ダムが見える道の駅「坂本」

house道の駅 坂本

八代市坂本町内、国道219号線沿いにあり、荒瀬ダムの下流約500m程のところにある道の駅「坂本」は、球磨川の流れを楽しめることもあって、坂本を訪れる人たちの休憩所としてだけではなく、地元の方の日常の買い物の場所、憩いの場所ともなっているようです。P1040090

道の駅「阪本」です。道の駅の場所や営業時間については、こちらをご参照下さい。

P1020533 対岸から見た道の駅です。桜の季節には、訪問者は更に多く、桜の下でお弁当を広げる人たちの姿も見られます。

P1040103 道の駅横からは、荒瀬ダムの全景を見ることができます。ダム撤去が開始されるまでには、ここから、ダムまでの間に撤去を見学できる展望所も建設予定です。

P1040102 野菜や花の苗も売られていました。この日は10個で350円とお値段は安かったですが、そんなにいらないので・・・。数個でも買えるのかもしれません。

P1040200 道路に面した入口前では季節の花の苗や鉢がたくさん並んでいました。つい買いたくなるようなカラフルな陳列に予定もなかったのに、2鉢もとめてしまいました。今まで八代中心部に買いに行っていましたが、こちらにくる機会も多いので、こちらに来る楽しみがまた増えたようです。

P1040091_2

P1040092 道の駅館内です。地元内外の農産物や土産物が売られています。

P1040094 地元の方が作られた「かずら豆腐」です。普通の豆腐より硬く、つた(かずら)で結んで運べることからかずら豆腐といい、昔は一般家庭でも作られていたようですが、今では地元のグループ鮎帰会が作っているだけのようです。詳しくは鮎帰会のブログ「かずら豆腐を皆様へ」のHPを訪問下さい。切って、そのままお酒のおつまみに最高ですが、いろんな料理法があるようです。

P1040096 球磨川や川辺川のアユが入った八代の「鬼坂」の竹輪やかまぼこです。アユだけでなく柚子味などもありますが、とてもおいしいです。なお、竹輪の売上の一部は、球磨川・川辺川を守る運動をしている団体に寄付されています。

Mitikusa 球磨川を見ながら食べたくなる民宿「森屋」さんの「里のみち草弁当」。季節限定、土日販売で道の駅で販売されています。しかも、早めに売り切れてしまうので、確実に欲しい方、販売日以外に欲しい方は「森屋」さんへ。他のお弁当やパンなども販売されています。また、ここのソフトクリームもお薦めです。

P1110447 何と言っても、ここでの楽しみは、来年の4月から始まる荒瀬ダムの撤去の様子や、その間やその後の球磨川の変化が一望できることです。ここは、ダムが建設される前はその名の通りの荒瀬があり、アユの村一番の漁場になっていました。

ダム撤去がアユや地元の再生につながるのではないかという希望が見える場所になっています。

P1040106 この日は、地元の子供が掛け声をかけながらブランコで遊んでいました。「さかもと!さかもと!さかもと!」と坂本の名前だけを繰り返しながら、楽しんでいるその姿にも、坂本の明るい未来が見えたような気がしました。

|

«球磨川河口干潟のハクセンシオマネキ 勢力拡大